プレゼンは頂上を目指すのではなく、伝播することに意味がある【スマート会議術第95回】

プレゼンは頂上を目指すのではなく、伝播することに意味がある【スマート会議術第95回】TANREN株式会社 代表取締役CEO 佐藤 勝彦氏

モバイルクラウドを利用した教育アプリ事業を手がけるTANREN株式会社。代表の佐藤勝彦氏は、長年、携帯キャリアの現場に従事し、ブロードバンドやスマートフォンの営業最前線で活躍してきた。

そして、そこで培ったノウハウを現場の教育に活かすべく、ルーブリックアプリ*「TANREN」を開発。接客販売スタッフや、営業パーソンの育成課題を克服するために開発されたシステムだ。

そんな彼が今秋、前田鎌利会長率いる一般社団法人プレゼンテーション協会(https://presen.or.jp/)の理事に就任した。「本人にやる気さえあれば、何歳になっても学ぶことはできる」と語る佐藤氏。

モバイルアプリ、そしてプレゼンテーション協会を通して、佐藤氏は何を伝え、何を教えていきたいと考えているのか。プレゼンに対する理念と展望について語ってもらった。

ルーブリック*
学習の達成度を表を用いて測定する評価方法のこと。

目次

民間の企業教育と、公教育には大きな溝がある

――現状のプレゼンが抱える課題は何だと思いますか。
すごくレベルの高いこと、というような誤解を解くことが課題と思います。世の中にすごいプレゼンターはたくさんいるんですよ。TEDに出たり、イーロン・マスクみたいにプレゼンができたりすれば、それは超カッコいいです。でも、みんながここを目指す必要はないんです。ちょっとクオリティを上げるだけでいい。せめて欧米のプレゼンレベルまで引き上げられれば十分です。
僕は公教育のコミュニティをたくさん持っているのですが、やはり多くの方が学校教育の中で四苦八苦しながらプレゼンを教えているんです。でも、プレゼンが上手な民間の企業教育の人たちは、公教育の現場には入って来ない。すごく大きな溝があるんです。民間で言うHRTech*と教育界のEdTech(エデュケーションテクノロジー)は、やっていることは似ているのにお互いの交流がない。
11月にプレゼンテーション協会会長の前田鎌利さんを含め、HRの重鎮の方々を4人招き、大学の教授など多数参加されるイベントで、パネルディスカッションをやりました。そういった企業教育の人と、公教育の人を融合させるような働きかけをやっていたりします。

HRTech*
HR(ヒューマン・リソース=人事部など)とTech(テクノロジー)を合わせた造語。今世界で急速に普及しているサービス。

いまは学び直しの機会がいくらでもある

――国の教育改革も、文科省だけでなく経産省も絡んできています。やはり産学連携が求められているということでしょうか。
教育を生涯100年がかりで考えないと、生まれてから社会に出るまでの20年間だけを、文科省の文化だけで考えると世界に負けてしまいます。
その教育を全然受けないで生きてきて、40~50歳になって初めて勉強に開花し、学び直したくてもできないということが、日本のいまの問題になっているんです。
――そういう意味では御社のルーブリックアプリ「TANREN」も含め、デジタル環境の発展によって教育事業も多角化していますね。
やはり”学び方”といった側面では発想が自由になっていきます。僕も学生時代に決して勉学を頑張ったわけではないので、いますごく学びの欲求が強いです。そういったときに、本当に本人がやる気があれば数千円を出せばどこでも学べます。一昔前と比べれば、本人のやる気次第でいくらでも学び直しの機会はある。
そういう市場が育まれつつある中、この先5~10年でいよいよ国が支援し、当たり前になり始めていく。僕自身、教育をやりたいという気持ちがあって、ずっと育成をやってきました。原石を磨き上げて宝石にしていく過程は、すごく面白いと思ってきたので。
――アメリカのような産官学一体型教育の流れが日本にも浸透してきたということでしょうか。
重要性という視点では、おっしゃる通りです。やっと来たという状態です。ただし、日本の場合は欧米諸国と比べIT化が圧倒的に遅れています。私自身が全国を企業研修で飛び回り、ホワイトボードで板書するなどアナログな仕事をしてきた。この旧態依然なワークスタイルのままでは「こうじゃないよなぁ」と思うことも事実多かったわけです。それがIT起業家のコミュニティとかに入ると、デジタルツールを駆使して全国のいろいろな人とコミュニケーションし、驚くべき速さで学びを得ているわけです。”リカレント教育”という言い方でさまざまな学び直しもデジタル上で可能になってきました。
教育をもっと変えたい。教育というのは、主体的にやれば根源的な欲求を満たすものなので、本人のやる気次第でいくらでも学べるんです。
インプットの他に、アウトプットという側面も重要です。学びをインプットするのは誰でもできると思いますが、僕のやっているアウトプット教育はプレイヤーが少ない。たとえば企業教育、こと営業畑で言えば営業の所作とか、営業の暗黙知みたいな世界観はなかなか言語化しにくい。体系化しにくいんです。映像で見て初めてなんとなくわかることもある。繰り返しやっていく過程で、頭より体が先に覚えていくような感じです。そういったところがまだ再定義されていない。ぽっかり穴が空いていると思うんです。
ここを埋めるプレイヤーはすごく少ない。いま、TANRENへ出資したり、メンターだったり我々に支援をしてくださる方々は、そういったアウトプット教育にコミットしていることを評価してくれています。アウトプットの練習基盤を確立したいと思っています。
――プレゼンテーション協会には大学校と検定がありますが、具体的にどのように活用していくのでしょうか。
プレゼンテーション協会にはオンラインとオフラインの大学校がありますが、どちらもインプットとアウトプットの重要性があります。検定はいまWeb上に350問近く入っていますが、鎌利さんの本を読んでいただければ、350問満点を取る人も多分現れると思います。もちろん知識を覚えたからといって、すぐに提案書やプレゼン資料が完璧に作れるというわけではありません。 
ただ、いままでのeラーニングだと、最後のクオリティチェックまでできない。だから、弊社のeラーニングシステムの「TANREN」を上手く使って、実際にプレゼンしている様子を投稿していただいて、チェックができるようにします。
大学校のほうでは、講師を育成し、そこで育った人も自社に持ち帰って講師になってもらいたい。学んだ人だけができればいいのではなく、学んだ人がまた教える人にならなければいけないと考えています。そこで覚えたから完璧ではなく、「指導方針をちゃんと貫徹しているかどうかということを後追いができるシステムにしたい。
――アウトプットとして教えることが自身のスキルアップにつながるというわけですね。
はい。教育業界には平均的な学習定着率を示す「ラーニングピラミッド」という考え方があります。「他の人に教えるという行程が90%定着する」というふうに定義されます。「ラーニングピラミッド」で言うと、実は教科書をただ読んでいても、10%ぐらいしか定着しないんです。
学校教育って、上から順に講義して教えて、「これ覚えておけ」でだいたい終わってしまう。良い先生は、グループ討議とかをさせてちゃんと定着を図っていくのですが、ほとんどそこまで手が回らないのが実情です。教材を投げておしまいになっているから定着率が悪いんです。 
定着率を上げるためには、動的学習なんです。ロールプレイングとかをさせて”練習”する。やっていって、「こうじゃない、ああじゃない」と議論する過程で興味を持って、”グループディスカッション”をする。「興味が持てれば、面倒くさい教科書も読めるようになるんだよ」という逆説的な話をすると、理解度が深まりますね。

「良い子2:普通の子6:悪い子2の法則」

――これまでの日本は、“正解を求める教育”が是とされてきました。しかし、今日の常識が明日の非常識になるような不確実で多様化、複雑化する現代において、“正解”を求めるだけでは通用しなくなってきていますね。
社会に出て、組織に入って従順無垢に働く人がいないと、日本社会どころか、経済活動が多分成り立たないと思うんです。トップのすごいカリスマがいて、それに従う社員がいる。僕はよく「2:8のパレートの法則」に照らし合わせて、「良い子2:普通の子6:悪い子2の法則」と言うんです。
中学・高校で言われたことを、普通にやっていく6年間が“普通の子”を生んでいると思うんです。その弊害として、“普通の子”が10割だと勘違いをしているから、“良い子”も“悪い子”も潰されようとする。全員“普通の子“だったら、そんなつまらない会社はない。そんなつまらない経済活動もない。これからの時代に求められているのは突出した2割の“良い子”なんです。
じゃあ2割の“悪い子”がいらないかと言うと、それも違う。2割以上でも2割以下でもダメ。多様性が重視されるいまは、毎年“悪い子”がいるくらいがちょうどいいと思っています。“悪い子”とは、アウトローな発想の子たちです。2:6:2の組織でも、学校教育でも、世の中の人と人とのコミュニティの中でも鉄則じゃないかと思っています。
――よく、下の2割を切り捨てると会社がダメになると言われますよね。
ダメです。だから「TANREN」でも、“良い子”がいて、“悪い子”がいて、“普通の子”がいる。これが良いんです。“悪い子”が8割で、“良い子”が2割だったら、それはみんな嫌になっちゃいます。「みんなダメじゃん、やめよう」って話になるんです。
でも、「それを適切な比率に持っていきましょう。8割が“悪い子”なら、その中の6割は“普通の子”がいるはずです。もうちょっと上手になればいい。てっぺんを目指さなくていい。2点を3点の合格基準にあと1点頑張ればいいんです。
静かに、しっかりと言葉尻を丁寧にプレゼンするのは難しくても、左に画像を置いて、右にワンメッセージを置くぐらいのことだったら5回練習すればできる。2点が3点になればいいんです。
頂上を目指すのではなく、「プレゼンってそんなに難しくないよ」「俺も左に絵、右にワンメッセージできたよ」「教えてみたよ」という流れが広がっていけば、世の中、全員プレゼンが上手になっていくはずです。
いろいろなプレゼンマスターを見てきましたが、鎌利さんのプレゼンは再現性を持って実現していたんです。数珠つなぎの展開があるんです。3階層を越えて言葉がちゃんと通じたというところが面白かった。
――3階層とは?
僕が教えた人が教えるのが1階層。その人がまたさらに教えるのが2階層。3階層ぐらいまで見えるんです。僕もいろいろな“プレゼンの神様”という人から教えを受けてきたことを見よう見まねでお伝えするんです。
「神」と言われるような人たちから講習を受けて、「こんなことを言っていたよ」というのを部下に伝達していく。「いや、そんなセンスないですわ」となると覚えた気になっておしまいです。それでは伝播していかないんです。あとは自分の好き勝手な解釈になっちゃう。
――芸道の守破離の考え方に通じますね。
そう。鎌利式プレゼンにも、左に画像を置いて右にメッセージを書くという基本スタイルがありますが、本質論ではないです。鎌利式プレゼンを講習して思うのは、ブレストのタイミングがすごく重要だということ。頭の中のモヤモヤしているものをどれだけアウトプットして論理的に埋められるかが最初のマニュアルに出てきます。企画書やプレゼン資料を作るのはそれからなんです。
まず、お客様が何を求めているのか、どういう言葉がそれにハマるのか。年配の方には年配の方のトークがあるし、若い方には若い方向けのトークがあることを頭の中で整理できていないと表現できない。
どうやれば伝播していくのか、どうやれば3階層先のところまで届くのか。あれもこれも教えるのではなく、簡単に、簡単に、簡単にする。「TANREN」ではマイクロラーニング*にして、今日頑張れば明日ちゃんと成長できるように、これだけやればいいよ」というところに落としたんです。

マイクロラーニング*
短時間で受講できるコンテンツによって学習を行う学習スタイル。日常の隙間時間を活用し、パソコンやスマホなどを通じて学習することができる。

デジタルと相性のいい「反転学習」

――大人になってから学ぶ上で定着率を上げるための手法があればお教えください。
まず、EdTech(エデュケーションテクノロジー)に「反転授業」というものがあります。学校教育のつまらない授業を受けて、「あとはお前ら勉強してこい」と自宅学習を勧めても、遊びに行っちゃいますよね。
反転授業とは、文字通り従来の授業形態を「反転」させたもので、学びのインプットとアウトプットの場を逆にする授業方式です。たとえば、家でeラーニングで受講し、学校の授業で演習やディスカッションなどを行います。
能力のある、主体性のある子たちは自分たちで学びを得て、「先生、もっと面白いものを見聞きしたいから教えてください」となる。そうなると自走発想的に取組むようになります。デジタルの力があれば、反転させたほうがむしろ授業は効率化し、応用がきくというのがあります。
2つ目が可視化。eラーニングでデータベースが溜まっていけば、たとえば「相槌2点の人が800人中50人いる」というのがわかるんです。そうすると接客全般じゃなくて、相槌というひとつのテーマに絞って指導ができるわけです。いままでのアナログのテストの答案用紙の集計作業を取っている時代に比べるとはるかに変わってきた。
3つ目はゲーム性です。学校の勉強も一緒で、「隣のあいつが頑張っているなら俺もやらなきゃいけないな」と、スマホですぐに可視化ができるようになれば、健全な育成ができる。隣のみんなが何をやっているかが覗けるようになっている。だから、アクティブに取り組めるだろうとオープンにしました。
反転授業、可視化、ゲーム性。これらの3つがちゃんと目的通りに達成されれば能力はかなり上がると思うんです。海外のプレゼンターにも負けないエッセンスある子たちが大量生成できると信じています。
一般社団法人 プレゼンテーション協会
一般社団法人 プレゼンテーション協会は「社内プレゼンの資料作成術」「プレゼン資料のデザイン図鑑」(ダイヤモンド社)などの著者で、年間200社以上に講演・研修を開催する前田鎌利氏が設立し、2019年11月よりビジネスや教育現場でのプレゼンテーションスキルの向上および普及を目的とした団体。ビジネスパーソンをはじめ、ご自身が伝えたいことを相手に伝えるようにするために、多くの参画企業と共に日本のプレゼンテーションを高めるためのスキルの普及・啓発を行います。
HP:https://presen.or.jp/

文・鈴木涼太
写真・佐坂和也

佐藤 勝彦(さとう かつひこ)TANREN株式会社
TANREN株式会社 代表取締役
東京都出身。日本料理店「なだ万」で調理師として勤務した後、携帯電話販売の業界に転職し、店頭販売スタッフおよびセールス支援研修の講師を務める。2014年10月、モバイルクラウドを利用した教育アプリ事業を営むTANREN株式会社を設立し、代表取締役CEOに就任。モバイルクラウドを利用した接客スキル向上サービスとして、ルーブリックアプリ「TANREN」を開発・提供中。

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