プレゼンの良し悪しを決める要因を定量化したい【スマート会議術第127回】

プレゼンの良し悪しを決める要因を定量化したい【スマート会議術第127回】プレゼンテーション研究所所長 奥部諒氏

今年4月からIT企業に勤務する新卒の社会人でありながら、これまで学生として国際系カンファレンスでの登壇者のプレゼンコーチをはじめ、起業家や企業へのプレゼンコーチ、各社イベントの企画からマネージメントまで統括して行ってきた奥部諒氏。

現在もプレゼンテーション協会のオフィシャルパートナーやプレゼンテーション研究所所長、ロジクール社のSpotlightのアンバサダーを務めるなど、理論と実践の両面からプレゼンを探求している。

「会議HACK!」が協賛メディアとして参画するプレゼンテーション協会が運営するプレゼンテーション研究所では具体的にどんな活動が行われているのか。

現在IT企業で企画開発の仕事に携わりながら、企業の生存に大きな影響を与えるプレゼンの質について定量評価をしていきたいと言う奥部氏。そんな若きプレゼンサポーターの彼が見たプレゼンの現在と未来について語ってもらった。

目次

モノが売れない時代だからプレゼンが重要になってくる

――世界中のコロナ禍において、各国のリーダーたちのプレゼン力が露呈した年になりました。政治にかかわらず、いまプレゼン力がとても重視される時代になっている気がします。その背景はどういうところにあると思いますか。
コロナ禍に限らず、先行きが見えない時代だからこそ、政治家にとってはもちろん、ビジネスにおいてもリーダーたちのプレゼン力は非常に重要になってきていると思います。
特にビジネスにおいては、高度経済成長期のときは商品を出せば売れる時代でした。でも、いまはモノが売れなくなっているし、ユーザーの趣味嗜好も多岐にわたっているので、より一層訴求する方法を考えないといけない。そうなったとき、商品やサービスをどう表現するかが問われてきます。もちろんモノとして表現する方法もありますが、言葉としてどう表現するか、どうプレゼンするかというのは、モノが売れない時代だからこそ重要になってきます。背景として最近DtoCのように、より企業のブランドイメージや創業ストーリーなど理念やビジョンでユーザーがモノを買う傾向が強まっていると思います。
――商品自体もコモディティ化して差別化が難しくなっていますよね。
そうですね。たとえばホテルでも、「泊まる」という機能はどのホテルも持っています。他にも、朝食がついているとか、清潔感があるとか、バーがついているとか、だいたいのどのホテルも持っているものです。でも、いま人気があるホテルはコンセプトに共感できるとか、ストーリーがいいとか、「そこに訪れる」「泊まる」という体験から得られる感情にものすごく注力していると思います。「そこに泊まる」「その場にいる」ことに価値があって、そこに“泊まるために泊まりたい”というニーズがすごく高まっているということです。
自分たちの理念や創業ストーリー、コンセプトはどういうものか。自分たちが提供できる体験は消費者にどういう感情をもたらすのかをちゃんと伝えないと来てくれないし、買ってもくれない。モノの消費からヒト、コトの消費にシフトしているということですね。そういう意味で、どう表現するか、どう伝えるかというプレゼンの重要性は一層高まっていると思います。

DtoC*
Direct-to-Consumerの略で、自ら企画、製造した商品をどこの店舗も介すことなく自社のECサイトで直接顧客へ販売するビジネスモデル。製造から販売まで一貫して自社で行うという点においてはSPAと類似したモデルだが、店舗を持たずに自社運営のECサイトだけで顧客にダイレクトに販売する点でSPAとも大きく違う。

オンラインの限界と適性

――コロナ禍によって、会議や講演のオンライン化が進んでいますが、リアルとオンラインでどんな違いがあると考えますか。
デジタルツールの限界でもあるのですが、オンラインで会議をした場合、誰かが話していると他の人がなかなか話せない。リアルに空間を共有していたら、誰かが話しているところに自分も話をかぶせることができますよね。オンラインだとそれがなかなかしづらい。あと、どれだけ通信環境が良かったとしても、どうしても情報伝達のタイムラグがある。情報を単に情報として手に入れる分にはオンラインでもまったく問題がないと思います。ただ、相手の声とか、感情とか、雰囲気を伝えるには十分だとは言えません。
前回、プレゼンはアート的な表現行為に近似していると言いましたが、アートは言語化されていないもの、言語化できないものを、言語以外の手段で伝達しているものだと思うんです。たとえば自分の情熱は簡単に定量化できない。アートは定量化できないものを文字や絵や動きで伝えることだと考えています。たとえば自分の髪の毛を赤く染めるのも表現行為です。自分は赤が好きだとか、こういうキャラでありたいというのを外部に発している。それもアート的な表現行為かなと。
オンラインだとそこが感じられない。相手の空気感も相手がどういう状況にいるかもよくわからない。情報はとれます。でも相手の声のトーンや質、息づかい、表情などが、リアリティをもって感じられない。オンラインのプレゼンには人の感情に影響を与える、人に行動を促すほどのインパクトがないのが現状です。会議で新しいプロジェクトや新しい企画を考えるときでも、オフラインのほうが話が発展するのは、やはりその共有がお互いにできているからだと思います。
――現時点では、リアルなプレゼンのほうが伝わりやすいと感じているのですね。
ほとんどのパターンはそうだと思います。コト情報を伝えるものに関しては、目的や相手、対象、聞き手、方法によって変わってはきますが、本質的にはオンラインだろうとオフラインだろうと大差はないと思います。
そういう意味では、テレビショッピングはオンラインプレゼンを考えるうえで参考になる気がします。リアルな会場を用意すると全然違ってきます。パソコンの前で上半身だけが映って、横に資料があるのが見えてプレゼンされるのと、舞台があって、プレゼンターが立って、スクリーンに情報が大きく映って、それを引きで撮っている映像を見ると、やっぱり後者のほうが伝わるものがあるんです。たぶんそれはバーチャルでも、向こう側の空間が物理的に拡張していると認知できるからだと思います。

プレゼンの良し悪しの定義が難しい理由

――良いプレゼンと悪いプレゼンにはどんな違いがあると考えますか。
プレゼンとは何か? 良いプレゼンとは何か? 悪いプレゼンとは何か? 良いコミュニケーションとは何か? 悪いコミュニケーションとは何か? というのを定義するのはめちゃめちゃ難しい。僕がプレゼンを研究していて一番難しいポイントですね。
プレゼンに限らず、コミュニケーションは影響を受けている変数が多すぎるし、その変数すべてを実験で排除するのは極めて難しいんです。たとえば要因としては生の声、つまり空気が振動していて耳に入ったら音が聞こえる。これがオンラインになるとたぶん違う。オンラインになると一度電子情報に変換されて、インターネットを通じて相手に情報が飛ばされて、また変換されて、空気の振動として出てくる。間にひとつ挟むことによって、声も少し変わってきますよね。
微細なものかもしれませんが、それがどれだけ人間の認知に影響を与えているのかにも関係してきますし、同じ空間を共有することによる心理的な要素もたぶん関係している。このように人間のコミュニケーションは複雑な要素で成り立っている。さらにはインテリアや天井の高さとか、背景の色も関係してくるので、要素が多過ぎて何がプレゼンを良いものとしているのかを突き止めて、特定の定義をするのが難しいんです。
だからプレゼンをアートと近似させるという仮説を立てることによって、アートを扱う研究アプローチをプレゼンに当てはめていきたいというのが僕の大学院での研究でした。アートも非常に変数が多く定義しづらいものですので。たとえば、グラフィティという壁に絵を描くというアートがあります。これは、まあ、落書きなんですが、有名なのはバンクシーですね。でも、なぜバンクシーの絵画は評価されて、他のグラフィティはダメだめなのか。何が違うの? 普通は落書きしたら消されるのに、なぜバンクシーは消されないの? なぜ捕まらないの? と、素人から見ると他のアーティストと何が違うのかわからなかったりする。
何がいいアートで、何が悪いアートかってやっぱりなかなか定量的には測れない。ただ、プレゼンに比べるとその研究は進んでいます。プレゼンもアートと近似しているものとして仮説を立てることで、複雑なプレゼンを少しでも理解しようとしています。もしかしたら間違ったアプローチかもしれないですけど、研究ってそういうものだと思っているので。ただ、これは僕個人の探求で取っているアプローチで、プレゼンテーション研究所では別のアプローチを試みています。それは前回少しお話した、ビジネスにおいてのプレゼンを定量的に評価するという部分です。

プレゼンを“科学する”日本初の研究機関

――プレゼンテーション協会が運営するプレゼンテーション研究所では、今後どんな活動をされていこうと考えていますか。
プレゼンテーション協会は会長の前田鎌利さんをはじめ、オフィシャルパートナーの方たちが自らの経験や知見を広めていく場ですが、研究所はまだ誰も持っていないノウハウやスキルを生み出して言語化し、発表していく場だと思っています。
さまざまな視点・角度から調査や分析を行って、プレゼンを“科学する”日本初の研究機関です。プレゼンに関する国内外のトレンドやAIプレゼンの評価・AIプレゼン資料作成といった最新技術、相手に与える印象のデータ検証・分析など、レポートとして配信します。
企業の決算発表でいままで増収増益だったのに、急に下がったら株主から怒られるかもしれない。でも、そこでどれだけ下がっても社長が前面に立って、未来のビジョンを語ることで、市場の反応が変わることもありますよね。それが、社長のカリスマ性で変わるのか、単に企業の実績とブランドで変わるのかはわからなかったりする。
なので、プレゼンの上手い下手が、どれだけ会社の命運を左右するかを定量化したいと思っています。プレゼンってそういうことができるはずなんです。ダイレクトにモノを売るわけじゃなくても、赤字が続いていたとしても、プレゼンのやり方や表現によって、期待を持ってもらって、夢を共有して、当分の間一緒についてきてもらうとか、株主や消費者の行動を動かすことはあると思っているんです。それを定量的に見せたいんですよね。
エグゼクティブのプレゼンや起業家のVCに対するピッチで資金を獲得したとしても、プレゼンが良かったからなのか、商品が良かったからなのかはわからない。たぶん両方だと思いますが…。つまりプレゼンがどれだけ自分が求めていた結果に寄与しているかは、定量的に判断するのが難しいというのが現状です。
そこを少しでも定量化して、プレゼンが起業家や企業のブランドイメージ向上、資金調達などにおいて、じつはすごく大事なことだということを見せたい。それが、いまプレゼンテーション研究所が目指していることです。
もしかしたら「プレゼンが良いと資金調達ができる」というのはただの神話で、じつはプレゼンはまったく意味がないという結果になる可能性もあります。しかし、それは仮説として意味のあることだと思ってやっています。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

奥部 諒(おくべ りょう)プレゼンテーション研究所
東京大学大学院学際情報学府修了。プレゼンテーション協会オフィシャルパートナー、Logicool Spotlight Ambassador、国際系カンファレンスでの登壇者のプレゼンコーチ、代表等を経て東京大学大学院に進学。理論と実践の両方向からプレゼンテーションを探求している。2016年にTEDxYouth@Kobeの代表、2017年にはTEDxUTokyoの代表を務める。東京大学大学院在学中はプレゼンテーションをテーマに研究を行い、その傍ら、大手企業や行政の依頼でプレゼンテーションのコーチ、メンタリングを引き受ける。現在は、Fintech領域のPMとしてIT企業で働きながら、(社)プレゼンテーション協会の活動を行う。

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