経営者のステータス=手書きへのこだわり【第7回】

経営者のステータス=手書きへのこだわり【第7回】前田鎌利 (書家/プレゼンテーションクリエイター)

これまで17年、企業に所属してさまざまな経営者やリーダーを見てきました。そして現在、年間200社の企業と仕事をする中でも、経営者やリーダーと接する機会があります。一言で表せば、経営者やリーダーは誰よりも「念い」が強いことを痛感します。

そして、大概の経営トップやリーダーは、歴史上の偉人やリスペクトする経営者の方を絶えずベンチマークにされています。

明治時代に戊辰で戦った英雄である西郷隆盛は、亡くなってから西郷神社に奉られて、神格化されましたが、偉業を成した人物が書いた文字には何らかしら神がかったものが宿るとして大切にされたりすることがあります。吉田松陰や坂本龍馬、大久保利通、勝海舟、山岡鉄舟と多くの偉人たちの遺した書に念いを馳せる経営者やリーダーが多いのも事実です。

時代は令和になりましたが、明治~昭和の起業家、創業者、経営者、教育者と言われる方々の、時代を変革し、大きく成長させていった手腕に、現代の会社経営者は、ある種の畏敬の念を持つのでしょう。多数の名経営者、教育者の方々の残された足跡や言葉には絶えず勇気づけられたりするものです。

偉人や経営者が自ら書いた自身の名前や色紙のメッセージ、手紙、企業理念などは、いまだにそれぞれの企業や記念館、時には街の店先などに残っていますが、その歴史的な価値だけでなく、偉大な先人が書いた言霊を手元に置いておきたいという気持ちがあるのも否めません。

元来、言葉や文字には「言霊」という力があったと信心されていたところから、事を成した方々の書かれた手書きのものにも同じように「念い」が込められたものだと解釈し、所有されることもあるでしょう。現役の経営者の方で書を嗜む方も数多お見えになります。ご自身で後継者や、世のへ自身の生きた証を「書」というツールで示そうとされている経営者の方々です。

明治ごろまでは、筆記用具といえば筆が主流ですから、当時の偉人は幼少期より筆で書くことしか行っておらず、必然的に練成する機会が多いため、達筆な方が多数お見えになりました。

しかし、鉛筆、シャープペンシル、ボールペンなど、筆記用具が多様化してくると、当然筆で書く日常が急速に減少していき、書を鍛錬する機会がなくなっていきました。

現在、政治家の方や経営者の方で、熱心に筆を取って練習をされる方が一定数お見えになります。筆で書くということを政治家としての、経営者としてのひとつの教養(= リベラル・アーツ)として学ばれているのです。

時代をさかのぼっていくと、日本でも役所に勤める際には、試験の評価要素として字が上手でなければ、そもそも採用されなかった時代がありました。中国でも科挙の試験において字が上手いか下手かという評価項目があったわけです。字が下手では役人になれない。そうすると嫌でも書を勉強することが必要となったわけです。

せめて筆で名前だけは上手に書けるようになりたいと学びに来られる一般の方も多数お見えになります。ぜひ、続けていただき、ご自身の納得いくお名前が書けるようになるまで精進いただきたいと思っていますが、先述したように上手く書くだけが答えではありません。

創業者・創立者の「念い」が宿る手書き
名刺にデザインされたご自身のサインを入れていたり、手書きで書かれた経営理念を記された名刺をときどき見かけることがあります。
私もご依頼をいただき、お名前・会社名・企業理念などを揮毫(きごう)しますが、それらが印刷された名刺はとてもインパクトがあります。
企業や団体、学校現場などに伺うと、創業者や創立者が書かれた言葉が額に入って掲げられているのをよく見かけます。どの作品も素晴らしいものばかりです。書家のような筆遣いではないものの「念い」が強烈に伝わってくる作品ばかりであることに気づきます。
会社や団体を創業、創立した「念い」や「覚悟」が書かれた言葉と文字から強烈に伝わってくるからです。
私は、創業者が他界されても、その創業者が「念い」を込めて書いた書や言葉というものがしっかりと額装されて掲げられ、後世にしっかりと残されているということに意味があると考えます。それは創業者の「念い」が次の経営者、その次の経営者へとアイデンティティとして伝えていくための大切なモノリス(ここでは石碑的な意味合い)のようなものと捉えています。
手書き名刺はセルフブランディングツール
相手に手書きの文字を届けるというのは、何か特別な「念い」というものが伝わります。私の名刺は右側の余白を空けています。名前・住所・会社名という情報は左側に寄せて、右側はスペースを残しています。
それは、初めてお会いして商談後半になったら、「せっかくのご縁ですから」と言って、そこに相手の好きな言葉を書かせていただくためです。たとえばその方が「志」という言葉が好きであれば、「どんな志のイメージをお持ちですか?」と伺います。
激しく雄々しいイメージであればAのように書きますし、300年先まで長く続くことをイメージしていればBのように書きます。
「それは書家が書くのだから価値があるのであって、素人が書いても意味がない」と思われるかもしれません。残念ながらそれはそのとおりかもしれません。
ですが、ここで上手に書くことが決してベストなものではないということをお伝えしたいと思います。どんな字をもらうかよりも、大切なのは、誰からもらうかです。そして、先述した「味」のある字が書けると、より味わい深いオンリーワンのものになり得るということです。
では、ここで書道歴など関係なく、いますぐ 「味」のある字が書けるようになる3つのステップをご紹介します。
❶利き手と逆の手で書く
❷逆の書き順で書く
❸逆の向きから線を書く
この3つで「味」のある文字が書けるのです。
Cの文字は利き手で書き順どおり。Dの文字は利き手とは逆で、書き順も線の引き方も 逆にしてみました。いかがでしょうか? あなたはどちらの字が好きですか?
文字造形のイメージというのは私たち脳の中にあり、再現性を持って書くことで文字として 認識されるのですが、自分の利き手とは逆の手を使うと思ったとおりに書けません。この思ったとおりに書けないことが「味」になりやすいのです。
逆に言うと、利き手だと「ちょっとでもよくしよう」という下心が入るのです。利き手とは 逆の手で書くと恣意的になり、純朴で純粋な文字となって「味」のような表現を出すことが可能となるのです。
いきなり「相手の好きな文字を書く」といっても、書いたことがない字はバランスもどう取っていいかわからないので、やはり書けないという「恐怖心」があります。
偏と旁で構成されている漢字であれば、ある程度の経験があると、その組み合わせのバランスで表現できますが、それをマスターするには時間がかかります。
そこで、相手の好きな言葉ではなく、自分の好きな言葉を練習しておいてお渡しするのも有効です。相手の好きな言葉をその場ですぐに書ける自信はなくても、あらかじめ自分の好きな言葉をひとつ決めておけば、それを練習して自信を持って書けるのです。芸能人の方々がサインを練習されるのと一緒で、政治家や経営者の方々も色紙にサインを求められたり、座右の銘の揮毫を求められたりする際に書けるようにしています。
私の場合は、プレゼンの書籍にサインを求められた際に、必ず揮毫する言葉があります。それは「念いを伝える」という言葉です。また「夢」「感謝」という言葉が好きなので、「夢を持ってもらいたい」「何事にも感謝して」という「念い」を込めて書いてお渡しすることもあります。
こういった普遍的な、誰に対しても自分ごととして捉えていただけるような文字をひとつ決めておくと、お渡しした際、「あなたの夢は何ですか」という具合にそこから話も広がります。

※当コラムは著書『ミニマム・プレゼンテーション』を基に補筆したものです。

前田鎌利(まえだ かまり)
書家/プレゼンテーションクリエイター、株式会社固(https://katamari.co.jp/)代表取締役。一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事。東京学芸大学卒業後、17年にわたりIT業界に従事。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、初年度第1位を獲得。2013年にソフトバンクを退社、独立。2016年、株式会社固を設立。ソフトバンク、ヤフー、ベネッセ、 SONY、JR、松竹、Jリーグ、JTなど年間200社を超える企業にて講演・研修を行う。著書に『ミニマム・プレゼンテーション』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』ほか多数。

この記事の連載・シリーズ

あわせて読みたい

こちらもオススメ

「会議HACK!」とは?

人気記事ランキング

最新インタビュー

新着記事

タグ

PAGE
TOP