話し手に憑依するグラフィックレコーディングという仕事【スマート会議術第165回】

話し手に憑依するグラフィックレコーディングという仕事【スマート会議術第165回】グラフィックレコーダー ネコっち氏

グラフィックレコーディングという言葉を聞いたことはあるだろうか。文字とイラストを使って会議や講演、セミナーなどを記録する方法のことである。参加者がリアルタイムで記録を共有できるよう、ホワイトボードや模造紙などに描かれるのが一般的だ。会議などの内容を俯瞰的、直観的にとらえることができ、議論の活発化につながる手法として、最近ビジネスの場で注目を浴びている。

ネコっちさんは、グラフィックレコーディングを2年前に趣味で始め、わずか数カ月で仕事にしてしまった。オンライン講座「Schoo」で学んだグラフィックレコーディングをツイッターにアップしているうちに、仕事が舞い込むようになった。

そんなネコっちさんは、話し手に憑依した気持ちになって、話し手の感覚を共有しながら世界をつくっていくと言う。

グラフィックレコーディングを通して見える会議、会議や講演、セミナーのあり方について、ネコっちさんにお話を伺った。

目次

話し手の一番いい瞬間を捉える

——日本ではまだ、グラフィックレコーディング(以下、グラレコ)を知らない人も多いと思いますが、そもそもネコっちさんがグラレコを始められたきっかけは何だったのでしょうか。
最初は2019年1月にオンライン学習サイトのSchooを受講したのがきっかけです。そのときにいろいろな講座を受けている中でグラレコのことを知りました。
——もともと絵心があったとか、イラストを勉強されていたのですか。
絵心があったかどうかはわからないです(笑)。特に勉強をしてきたわけではないのですが、個人的に好きでずっと描いてはいました。
——なぜグラレコに興味を持たれたのですか。
特にグラレコに興味が沸いたというより、自分がずっと趣味で描いてきた絵とか、ノートづくりとか、文章作成とか、ちょっとずつやってきたいろいろなことが伏線みたいになって、たまたまSchooで受けたグラレコの講座に生かされたという感じです。
——グラレコを仕事にしようという考えはなかったのですか。
グラレコを仕事にしようと思っていたわけではないのですが、Schooで学んだことを毎日勝手に描いてツイッターにアウトプットしているうちに、Schooに出ていた先生が見つけて声をかけてくださったんです。60分の授業をグラレコにして載せていただけなんですが、そこでいろいろな人が見てくれて人が集まってきた感じですね。それからお仕事が始まったんですね。
——習い始めてからアウトプットを出すのにどのくらいの時間がかかりましたか。
1つのグラレコとして時間内に描けるようになったのは2〜3カ月ぐらいで、お仕事として声をかけていただいたのは、始めてから半年後くらいです。
——2〜3カ月というのはやはり最初から結構描けていたのでしょうね。
期間というよりは、ほぼ毎日描いていたので量を出していった感じですね。量が質に追いついていく感じだったので。自分の中にあったまとめ力とか要約力とか、そういうものがちょうどグラレコに合っていたからなのかなと思います。
——やっていく中で特に苦労されたこと、難しいと感じたことはありますか。
最初のうちは、リアルタイムで整理してまとめていって形にするのが難しかったです。グラレコはどこを切り取るのか、どの内容をイラスト化するとか、1枚に収めていくとか、レイアウトとかを瞬時に変換していくわけです。最初はそのスピード感に苦労しました。
——オンライン講座で描く技法を教えてもらいながら覚えていくのですか。
そうですね。ただ、グラレコは特に「こう描かなくちゃいけない」という決まりがなく、自分なりの解釈でつくっていく感じなのであまり型通りにする必要がないんです。
——描かれる方によって出来上がるものは結構違ってくるのですか。
グラレコを描いている人によって、一人ひとりの目指すところや求めるところがまったく違うんですよね。
——ネコっちさんが目指す形はどういうものですか。
私はよく「まとめがわかりやすい」とか「要約をつくってくださっている」という言われ方をされるのですが、自分ではまとめをつくっているとか、要約をしているというつもりはまったくなくて、お話しされている方の一番いい瞬間を捉える、その熱量を形にするという感覚でやっています。
話している内容というよりは、話している方が何を伝えたいのか、その人が一番熱を持って届けたいことが何か、その姿を見ている感じです。私にはそのセミナーやプレゼンがステージみたいに見えていて、その人の一番いいところを後押ししたいなって思いながら描いています。
——ステージで見ていて「この人が推しメン!」みたいな感覚だったりするんですか。
そうなんですよ。まさに推しメンって言葉がぴったりで、「この人のこの熱い感じが素晴らしいから、この人を推してあげたい!」みたいな感じで、今日はどんな熱い人に出会えるんだろうという感覚で毎日やっていますね(笑)。
——セミナーやプレゼンが終わったあとに聴講した人たちが漠然と感じていたことが、グラレコを見て「今日この人の話がすごく心に刺さった」とか「実りがあった」とか、改めて実感するようなことになるのでしょうか。
そうですね。グラレコではすべてを描ききっているわけではないので、「これはどういうことを表現しているんだろう?」という疑問に到達したり、新たな気づきがあったりして、「もっとここを知りたいから、深めたいな」と、次のアクションにつながっていくんです。それを見て、まとまっているから終わりではなくて、そこから疑問をもって次の行動につなげていくってことを意図してつくっています。
『「やると決めたことをさぼってしまい、自己嫌悪に陥る」その悩み、哲学者がすでに答えを出しています。』(2020年6月6日Schoo放送)
【最初にゴールを示すことで、迷子を防止する】
やると決めたタスクをやらなかったことで自己嫌悪に陥る、どうしようもない自分。それに対してどう考えればよいのか?を考える授業。この授業では、親鸞の教えを引用しながら「自力を手放し、他力に開かれることで心の静けさを得る」あり方の提案がゴールとなります。この場合は「「最初にゴールを示している」ことがポイントです。多少の脱線や余談の川を行き来しながらもゴールを意識して最後は丸く収めることができる。充電スポットに帰るルンバの如しであります。

話し手の感覚を共有しながら世界をつくる

——セミナーやプレゼンによってグラレコがつくりやすい、つくりにくいということはありますか。
話し手が聞き手に質問を投げかけながら、キャッチボールしながら進めていくとか、コミュニケーションがしっかりとられているとか、ゴールが最初にきちんと示されているとか、アジェンダがあるとか、そういう道筋が最初から示されているとつくりやすいですね。多少話が脱線して寄り道をしても、最後にそこに戻ればいいのがわかると描きやすいです。
——裏を返せば、道筋が示された地図がないと非常にやりづらい?
そういうことです。終わりが見えない、どこを歩いているかわからない、現在地が見えないというのは「どこを走っているんだろう」となるので、そういうのは描きづらいなと思います。
でも会議ではやっているうちに、いろいろな意見や考えを描いて可視化していく中で道筋がだんだん見えてくるんですよね。みんなが向かっているところは、もしかしたらここじゃないかっていうのが、描くことによって、だんだん見えてくるっていう。ぼや〜としていたものが、「あぁ、本当はこっちに向かいたいんだね」っていうのが、描くことによって見えてくるものがあるので、描きづらくても、まったく描けないってことはないかなと思います。
——どこに向かっているのかわからない会議やプレゼンだと、グラレコ自体もよくわからないものにならざるを得ないことはありませんか。
グラレコの場合は、何にフォーカスするかで変わってくると思います。起承転結をしっかりつくって、そこに導きたい、結に結びつきたいという場合なら、難しいのかもしれないけど、その場の空気感、コミュニケーションをしている1つひとつの意見を記録したり、一人ひとりの個性を記録したりして、その場の雰囲気を残していくという方向もあると思います。
——これまでやった中で、納得感や満足感が高いセミナーやプレゼンの傾向はありますか。
それは日々やっていてあります。これはいいのができたなって思うときは、話し手に共感できたときとか、相性みたいなものだと思うんですよね。私が描くときは話し手に憑依するような感じがあって、その人の感覚を共有しながら世界をつくっていくというところがあります。
「この人、ここがいい感じだな」「いい温度感もってるな」っていう、そういう気が合うみたいな感覚です。この人の感覚と自分の感覚がすごく近いな、わかるなっていうのがあったときに、ちょうどいい感じで熱を乗せられて、やりきったなって感じがあります。うまくその人の言いたいことを、自分の表現とシンクロさせられたなっていうのがあったりしますね。
——どういう人が相性がいいと感じるのですか。
全体が平均的にふわっと優秀な感じではなく、どこか1カ所が突き抜けているものを持っている方は相性がいいなというのがありますね。
——それは講義内容とは関係ないですか。
テーマに興味あるかないかではなくて、この人はそのテーマをすごく愛していて、この良さを伝えたいというオタク的なところが感じられる人は「いいものを持っているな」って感じを受けますね。その人らしさが出ているほうが描き出しやすいですね。
『ニューNoMapsを考える。オンライン落書きコミュニケーションに挑戦。』(2020年10月16日NoMaps2020配信)
【オンラインミーティングでのブレスト・コミュニケーションに活用する】
札幌を拠点に毎年開催されているイベント『NoMaps』2020年はオンラインで開催。そのプログラムのうちの一つです。札幌と東京をつなぎながら、ホワイトボードを使って3つのテーマを考える内容です。
グラレコでは、テーマ毎に書き出されたアイデアの可視化と同時に、ホワイトボードに向かう学生さんたちとそれを見守る東京の雰囲気も伝えます。

気がついたら走り抜けている毎日の繰り返し

——グラレコではイラストと合わせて文章も結構入ってきます。文章のピックアップや配置はどうやって考えて、取捨選択をしているのですか。
これはもう慣れですね。私はだいたい左上から右下にいく流れで描きます。ウェブで文章読むときと同じZ形の流れですね。見る人が見やすいことを意識すると、やっぱりその流れになるので、その通りに流れていることが多いですけれども、形はそのときによります。
——必ず1枚に収めるのですか。
必ず1枚に収めなければいけないわけではないのですが、私はツイッターに上げるために1枚でパッと見てわかりやすいものをつくるようにしています。
——A4とかA3といったサイズはあるのですか。
お仕事を依頼されてつくるときは、A4というよりは、ポスターにしたいのでポスターサイズでつくって欲しいと言われることもあります。だいたいA4ベースでつくりますが、基本的にはSNS用に上げるものはもっと小さくなります。タブレットに直接描いているので、それをそのままファイルにして載せている感じです。デジタルで描いているので自由度は高いですね。
——普通に紙にペンで描いていたら、修正したいときに描き直しが大変そうですね。
そうなんですよね。もちろん最初はスケッチブックで練習していたので一発描きでした。ただ、タブレットになってもリアルタイムで描いていくのでほとんど一発ですね。別に描き直してもいいものですが、私は描き直しを入れないで、ほとんど一発です。
——1枚に収める場合、ゴールが想定されていないとますます描きづらいですね。1枚に収めるときのスペースの配分はどうやって考えるのですか。
時間の尺が決まっていれば、だいたいこのへんで20分ぐらいだな、このへんで40分ぐらいだな、とかあるので、ある程度の配分はできます。あとはアジェンダで、「今日は3つの話をします」と言われたら、このへんが1番、このへんが2番目の話という感じで、だいたい組み立てて配分してから描くという感じになります。
まったくそれがない場合でも、このへんぐらいまで来ると、どこに向かっているかがだいたい見えてきます。この話は結論がつくかつかないかわからないけれども、20〜30分ぐらい経過してくると、だいたい行きたいところが見えてくる。そうすると、その後は話している1つひとつの意見を記録していくとか、どこに向かおうとしているのかをだいたい予測しつつ、ゴールというよりは過程をひたすら描いていく感じになりますね。
——あらかじめセミナーのアジェンダや資料はもらえるのですか。
私はまったくもらわないことが多いですね。まったく見ないことが多いです。
——毎回一発勝負みたいな感じで、緊張感がすごくありそうですけど。
毎回緊張です(笑)。今日は果たして描けるのかなって。
——回数を重ねても緊張感はありますか。
回数重ねても変わりません。最初からつくりやすい人だったらいいのですが、そうじゃない人にあたることも、もちろんあるので。「これ、いけるかな〜」って緊張感を持ちながらも、気がついたら走り抜けている感じを毎日繰り返しています(笑)。
——セミナーなどはだいたい60分〜90分ぐらいだと思いますが、集中力を保つ秘訣はありますか。聞いているほうは90分くらい長くなると結構集中力が続かないと思いますが。
私の場合は、いつまでも集中できるタイプなので、気がついたら2〜3時間描いていることは日々ザラにあるので、あまりそこは考えたことはないですね。
——長さは感じない?
あっという間ですね。
・『ゲーム業界におけるクリエイティブとビジネスのマネジメント(第9回)ゲーム企画を企画書まで落とし込もう〜グループ別ワークショップ〜』(2020年11月20日Schoo放送)
【ワークショップ・プレゼンでの活用】
福岡大学商学部の正規課程オンライン講座。ゲーム産業をはじめとするクリエイティブ産業のビジネスモデルを理解し、知的コンテンツの制作プロセスのマネジメント方法、業界の技術的・表現的動向を把握する方法論およびクリエイティブの源泉となる幅広い知識を学べる授業です。この回は、ノンプレイヤー(ゲームをやらない人)の参加を促す新しいゲーム案を企画するワークショップ。グラレコのレイアウトは、4つの案をチームごとに比較できる構成に。その際のわいわいとした空気感もイラストで表現しています。学校の授業を意識して、黒板っぽいデザインにしています。

文・鈴木涼太
イラスト・ネコっち

ネコっち
グラフィックレコーダー。株式会社メイクセンス・Cデザイン本部長。グラレコ・グラレポ・読書メモなどのアウトプット総数は、年間600枚以上。見えない世界をゆるーく見える化。Schooにほぼ毎日着席し、グラレコやひとくちイラストなどを描く。8頭身のシュッとしたテーマを2.5頭身でギュギュっと伝え、その高速アウトプットとまとめ力、独自のユーモアで各方面からの注目を集めている。ブラックミュージックや懐メロ好き。世界中のよきものにいいねを。LINEスタンプ『のびネコねこハウス』発売中。
https://grareco.mystrikingly.com/
ネコっち | 超速グラレコで内なる才能と熱量を見える化する猫
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