議事録はただの記録ではない【スマート会議術第167回】

議事録はただの記録ではない【スマート会議術第167回】ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社 コンサルタント 榊巻亮氏

若手女性社員の鈴川葵を主人公に小説形式で会議のノウハウを指南した『世界で一番やさしい会議の教科書』。著者はスマート会議術の第6回「二次元女子とグダグダ会議を変えろ!」でもインタビューをした榊巻亮氏。

今回紹介するのは鈴川葵の成長の軌跡、第2弾。資料作りをテーマにした『世界で一番やさしい資料作りの教科書』だ。前回、社内のグダグダ会議を改革した葵は入社4年目になり、あるプロジェクトチームのメンバーに大抜てき。そこで今度は「資料作り」を学び、社内のコミュニケーションを変えていくことになった。

先輩や父が授けたアドバイスを実践し、自分の主張を相手に伝える極意を身につけていく葵。最後には大きなプレゼンの舞台に立つことになるが……。そんな小説仕立てのやさしい資料作りの教科書。

新入社員にとって議事録をとる機会も多いこの時期だが、議事録や資料作りは新人だけの仕事ではない。同書を軸に議事録や資料作りが本来果たすべき役割について榊巻氏にお話を伺った。

目次

誰でも目的意識を持つことはできる

――上司から「プレゼン用の資料を作って」と指示されて資料を作っても、上司が具体的なイメージを持っていないと、「パッとしないなあ」と漠然と言われてしまうことがあります。それで何度もやり直しをする。これがまさにいまの日本の生産性の低さを象徴している気がします。
そう思います。資料を作ることにものすごく意識が向いてしまっているんです。資料を作ること自体が目的になっている。資料を作って何がしたいのかをきちんと伝えていないので、ひたすら資料を作ることになる。資料を作って、誰に何を伝えて、どういうふうに動いてほしいのかが見えていない。それがないので、美しい資料を作ることが目的化してしまう。上司も「この資料のここを直してくれ」と言うだけで、資料の何が問題で修正をするのかが曖昧なことが多いように思います。
指示すべきことは「もともとの目的はこれで、こういうことが達成したい。だが資料がこうなっているので、これでは目的が達成できない。だから直してほしい」というつながりになるはずなんです。目的、手段、それに対して効果が出せそう、出せなさそうという流れで話さなきゃいけない。でも、「資料のここを直せ」と指示だけをするので、「なんで直さなきゃいけないかよくわかんないけど、直せって言われたから直しますわ」って話になってしまう。
――「会社あるある」ですね。延々と何十年にわたってそういうスタイルが引き継がれてしまっているということですか。
そうでしょうね。これまでは指示に対して作業をすれば済んでいたからだと思います。高度経済成長期から始まった大量生産、大量消費の時代はそれで良かったんです。いっぱい作って、いっぱい売ればそれで良かった。いまはそれだけでは生き残れない。目的意識がすごく大事になっています。誰でも目的意識を持つことはできると思うんですよ。目的をちゃんと考えたり、資料がどう使われるかを意識したりすることは別に難しくないので、単純にそういう経験がないだけという気もします。
――『世界で一番やさしい会議の教科書』と『世界で一番やさしい資料作りの教科書』は、それぞれ会議と資料作成でテーマは違いますが、訴えている根本的な考え方は共通していると思いました。
そう言っていただけると、非常に嬉しいです。物事の本質は何だろう?ということを掘り下げていったら、ああいう形になりました。資料を作りでも、コミュニケーションでも、プレゼンや会議でも、押さえるべきことはかなり似通っています。でもそれを概念的にお伝えすると、「はて? 何の話?」となってしまうので、身近なテーマから切り込んでいくスタイルをとったという感じですね
――概念だけを抽象的に言われてもピンと来ませんからね。多くのビジネス本は読むとすごくわかった気になるものの、翌日にはその内容をほとんど忘れていたりします。でも、小説仕立てになっているとストーリーが入ってくるので、なかなか忘れないし、そこに紐づけて頭に入ってくるなと思いました。
小説にした理由は2つあって、1つは自分のごくありふれた日常と重ねることで、自分ゴト感やリアリティーを持ってほしかった。「目的から考えよ」と抽象的に言われても全然ピンとこないので、身近なテーマを小説の形で掘っていって、「あ、こういうふうに目的を考えることが大事なんだな」と気づいてもらいたかった。遠い学問の世界じゃなくて、日常の世界と同じだと感じて欲しかった。
もう1つは、正論だけじゃなくて、こういうふうにアクションを起こしたら、こうやって変わっていくよという具体例までセットでお伝えしたかったんです。「資料を使って誰をどう動かすつもりですか?」というのが大事なんですが、それがわかっても具体的な行動につながらない。どうやって体を動かしたらよいのか、日常の中で小さな一歩をどう踏み出すべきか。そういうところまでリアリティを持って伝えたかった。それが小説である大きな理由です。また、心が動く体験をしないと人の行動は変わらない。そういう意味では心を動かすには小説のスタイルは結構効果的かなと思っています。
――学校の教科書みたいでは、なかなか心は動かされないですからね。歴史の教科書も面白かったらもっとみんな夢中になって勉強すると思います。『三国志』が中国の歴史なのに人気があるのは、やはり小説や漫画やゲームを通してストーリーになっていて面白いからですよね。
すごくわかります。僕も最近、歴史の本を結構読んじゃうんですよね。面白くて。そこには起こった事実だけじゃなくて、人間の感情があって、背景があって、苦悩がある。そこが面白いんですよね。こんなことを考えて、こういう背景だったから、こうしたんだな~みたいなストーリーがあるのが最高ですよね。
――ストーリーが先にあったら、年号なんて覚えようとしなくても勝手に頭に入ってきそうですよね。
そうそう(笑)。覚えようとか、これをやらねばならぬではなくて、まず追体験してほしいし、背景にあるものとか感情とかを知ってほしいというのが、まさに1つの狙いですね。

体験から生まれた“お父さん”

――著書のストーリーには結構リアリティーがありますが、ご自身の体験から生まれたものですか。
僕はプロの小説家じゃないから、全然空想で書けないんですよ。だからほとんど実際にあった話をベースにちょっと入れ替えたり、補足したりしています。ほとんどが誰かと本に近いやり取りをしていますね。前職の同期から相談を受けたりするんですよ。僕はケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ(以下、ケンブリッジ)に移ってくる前は、一般の事業会社で働いていたんです。だから前職で一緒だった人たちは、みんな本の主人公になっている葵ちゃんと同じような悩みを持っていたりするんですね。そうすると、前職の同僚が相談を持ってきてくれて、僕がそれに答えるというやり取りが生まれる。これが、そのまま葵ちゃんと“お父さん”のやり取りになっています。
――著書では榊巻さんご自身の頭の中が“お父さん”になっていると思うのですが、そこに至る経緯やきっかけは何だったのですか。
僕自身、ケンブリッジに入って、「資料がわからん」「こうじゃなくて、この資料を使って何を伝えたいかでしょ」って散々言われてきた経験があります。言われたことを二度と言われないようにするためには、いったいどう動いたらいいのだろうと考え続けていたら、葵ちゃんの“お父さん”みたいな考え方になって、自分の中でそれが消化されてくると人にも教えられるようになるって感じです。やっぱり苦労しましたよ(笑)。
ただ、そのときはそれほど言語化されていなくて、この表現が良くないとか、これだとちょっとイマイチという赤をたくさんもらうんですけど、なんで赤を入れられたんだろう?ってひたすら考えているうちに言語化されていきました。
――会社の上司はすべてが葵ちゃんの“お父さん”のように教え上手ではありません。上の人が下の人に教えていくには実際どうやっていけばいいですか。
教えるのってすごく難しいですよね。最初は、だれもが手探りで教えることになる。でも、本を読めば教える追体験ができるんですよね。“お父さん”の立場の人は、“お父さん”が教えているのを読みながら、一度教えた雰囲気を味わえる。ちょっとコツを掴みやすくなる。教えられるほうも、上司が何を言っているのかわからないかもしれないけど、本の中で1回教えられれば、上司はどういうことを意図して言っているのかもちょっとわかるようになるんですよね。
小説にしたのはそういう追体験を狙っているのもあります。上司と部下で一緒にこの本を読んでもらって、そのうえでコミュニケーションするようにすることをおすすめしたいです。教え方が多少下手でもたぶん成り立つと思うんです。
――実際にご自身がワークショップとかコンサルティングをされるときはどういった形でやられるのですか。
“お父さん”が投げかけているのと同じですね。ただ、変革プロジェクトを支援するのが本業ですので、資料作りそのものをコンサルティングすることはほとんどないんですよ。コミュニケーションもそうですけど、そのものをコンサルティングすることはあまりありません。プロジェクトの中で資料がわかりにくい場合、まず「これは誰向けの資料?」「なんて言ってもらいたいの?」「何が成し遂げられればいいの?」というところから問いかけていきます。本の“お父さん”と同じスタンスです。そのためにはこういうストーリーが必要だよねということを一緒に展開していきます。

議事録にはさまざまな目的がある

――新人が会議で「議事録をとっておけ」と言われても、議事録の書き方を体系的に教えられることも少ないと思います。そうなると、一字一句漏らさず書き残そうとしたり、ポイントだけを箇条書きにしたりと人によって書き方もバラバラになります。できあがった議事録だけで、「余計なことは書かなくていい」とか「情報が足りない」とか漠然と言われてしまうことを防ぐにはどうすればよいですか。
僕がおすすめしたいのは、事前にポイントを確認することですね。具体的には「この議事録って、このあとどういうふうに使いますか?」と確認する。社内だけで議事録として残すのか、お客さんに展開して、決まったことのズレがないことを確認するためのものか、参加していない人に議論の経緯とか意志決定の背景を伝達するためか。その目的や使われ方を確認するのがいいと思います。
たとえば議事録をとる目的が、会議に参加している人が、決定事項を確認するためだけのもの、あとでズレていないよねという言質をとるためだけのものだとしたら、結論だけ、決まったこと、やるべきこと、決まってないことだけ捉えておけば良いかもしれない。会議に参加していない人たちに背景を伝えるのが目的なら、次回についていけるように発言の機微をちゃんと捉えて、どんなニュアンスで言っているのか、誰が言ったのかをある程度しっかり捉えておくのが良いかもしれない。社内共有が狙いだったら、あまりこだわらず、議論の流れをさらさら書いて、ちょっとくらい誤字脱字あってもいいかもしれない。
いずれにしても目的に合わせて、「今回の議事録はこんなレベル感で取りますけどいいですか?」と、確認するのが吉だと思います。
――そういうポイントを聞かれると、きっと上司もドキッとしますよね(笑)。
それを聞くだけで「こいつ、できるな」ってなるでしょうね(笑)。もう1つ目的があるとすると、若手のトレーニングとして議事録をとるという可能性もあります。その場合はトレーニングなので細かくとって、さらにまとめの要約版も作ることになると思います。
トレーニングの目的としては、まず自分ゴトとして会議に参加すること。新人の場合はなかなか発言できないので、自分ゴトとして会議に参加するのがそもそも難しい。会議の流れをちゃんと押さえよう、自分ゴトとして捉えようという姿勢を作るためのきっかけとしてわりと有効です。日本語をそのまま聞くトレーニングも地味に重要で、バイアスをかけずに話していることを正しく聞くのは意外と難しいんです。
――話すほうもその場の勢いやノリで結構適当に言うこともありますからね。
あやふやなことを言っているってちゃんと捉えられているかどうかは重要です。でも、そもそもあやふやなことを言っているのに、特に新人の場合、自分が解釈できていないと思ってしまうんですよね。自分が解釈できていないとか、自分の能力が足りないと思ってしまうケースもあるので、まずは相手が何を言っているのかちゃんと捉えられることが大切です。そのための議事録のトレーニングはありますね。
もう1つは、議事録をとるだけじゃなくて議事録をとってわからないところに質問を差し込むトレーニングという意味もある。作業として議事録を書くだけだと意味がないので、わからないところはその場で聞く、もしくはわからないところを終わったあと必ず聞くことをセットにしないとあまりトレーニング効果はない。自分はどこがわかっていないかをちゃんと把握し、わかってないことに対してアクションをとるためのトレーニングですね。
――新人がいきなり会議で聞いた話をすべて受け入れなきゃと思うと相当混乱するでしょうね。
そうですね。そもそも無理だと思います(笑)。だからやっぱりどのぐらいグチャグチャなのかとか、言葉として何を発しているのかを捉えられると、どこがつながっていないかわかるようになる。きれいに書く必要は全然なくて、議論の構造とか噛み合ってない部分とか、あやふやな部分を見つけていくトレーニングだと思うんですよね。みんながそれっぽく聞き流しているところを捉えられるようになると、あとですごく仕事に生きてくると思います。
――会社で「お前は新人だから、とりあえず議事禄とっておけ」って言われなくても、議論に参加できないポジションとか立場のときは、自ら率先して議事録をとる意識を持っていると勉強になりそうですね。
最高だと思います。僕もケンブリッジに移ってきた頃は、議事録をとる係じゃなくても自分で議事禄をとっていました。耳だけで聞いていると会議で議論の構造がわからなくなるので、聞きながら書いて、自分の頭の中を整理していましたね。誰が何を言っている、こうやって言っている、あれ、議論が飛んでいる気がするとか思いながらやっていました。それは後々にかなり役に立ちましたね。
議事録はただの記録ではない。記録が目的の1つではあるんですけど、それは方法でしかなくて、記録をとりながら思考を整理したり、場の状況を整理したり、噛み合ってないところを見つけたりといったことに使ってほしいと思います。やらされ仕事ではなくて、議事禄で自分の能力を上げていくつもりで書いてほしいですね。

文・鈴木涼太

榊巻 亮(さかまき りょう)ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社 に所属するコンサルタント。
大学卒業後、大和ハウス工業に入社。建築士として住宅の設計業務に従事すると同時に、業務改善活動に携わる。大和ハウス時代に「変革に巻き込まれる」経験、「変革をリードする」経験。現場の立場でプロジェクトを推進することの重要性を実感。ケンブリッジ入社後は「現場を変えられるコンサルタント」を目指し、金融・通信・運送など幅広い業界で業務改革プロジェクトに参画。新サービス立ち上げプロジェクトや、人材育成を重視したプロジェクトなども数多く支援。ファシリテーションを活かした納得感のあるプロジェクト推進を得意としている。さまざまなメディアで「数字で現場を納得させる改革術」「抵抗勢力対策」「会議ファシリテーションの7つの基本動作」などの連載やセミナーなどの講演活動も多数実施。主な著書に『世界で一番やさしい 資料作りの教科書』(日経BP社)、『世界で一番やさしい会議の教科書』(日経BP社)、『抵抗勢力との向き合い方』(日経BP社)、『業務改革の教科書』(日本経済新聞出版社) など多数。

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