船長が前向きだと船は沈没する【第5回】

船長が前向きだと船は沈没する【第5回】株式会社ネクストスタンダード 齊藤正明

 

目次

海には海賊も出る

船酔いの毎日で、常にグッタリしていましたが、追い打ちをかけるように私の気分を毎日悪化させるものがありました。それは何かというと、“海賊情報”です。船には毎日ファックスで新聞が流れてきます。紙面には、日本で起きている事件やニュース、水産関連の記事が書かれているのですが、その中に混じっているのが“海賊情報”という欄なのです。見出しには、「××湾 20名が人質」など、ごく当たり前のように書いてあり、はじめて船に乗る私にとっては、あまりにも衝撃的でした。

漁師に、「海賊ってどうやって出るんですか?」とおそるおそる聞くと、次のように教えてくれました。

「海賊はの、夜に明かりを消して、船の後ろから襲ってくんのぞ。そいでの、ある程度近づいたところで、銃やらバズーカやらを撃ってきて、混乱したところで、忍者のかぎ爪のような道具を使って、乗り込んでくるんど。それで、船員を人質に取って身代金を要求したり、金品や積み荷を強奪したりするんど」

国土交通省による、『海運・船舶・船員関係統計データ』によれば、私がマグロ船に乗っていた2001年は、海賊の発生件数が370件も報告されています。ただし海賊が頻繁に出没するのは、東アジア・インド洋・アフリカなどで、私が来ていたミクロネシア付近には、海賊はあまり現れないとは言ってくれたものの、現れない保証はありません。

太平洋のど真ん中では、誰も見ている人はいません。「後ろから襲われたら、最後だな……」という恐怖が常にありました。

対策としては、幸運にも海賊船の接近に気づけた場合には、全速力でジグザグ航行をすれば、逃げきれる(可能性がある)そうですが、そんな話を聞かされると、なおさら気分が暗くなってしまったのですが、対称的に漁師はいつも明るく、変わらずパチンコや麻雀の話などを楽しそうにしています。

船長が前向きだと船は沈没する

そこで船長に、「みなさんとっても前向きですけど、どうしたら前向きになれるんですか?」と、そのコツをたずねてみました。

「そんなことは知らねーが、“前向きなとき”ばかりでなく“後ろ向きなとき”も大事じゃ」
「“後ろ向きなとき”も大事と聞いたのははじめてです」
「後ろ向きになるっちゅーのは、危険を感じる能力ど。いつでも前向きな人やらが船長をやると、絶対無茶をしよるから船が危ねーんど」

たとえばですが、本マグロに次ぐ高級マグロにはインドマグロ(別名:ミナミマグロ)がいます。インドマグロは大荒れの海域を好む傾向があるらしく、その漁は困難を極めるそうです。

こうしたところでの漁は、突如発生する大波が船をガバッと横断し、船員を飲み込んでしまうそうです。万一そうした事態になれば、操業をただちに中止して、みんなで目をこらして探すのですが、白波が立ち、不規則に隆起するグレーの海面では捜索も思うようにいかず、たいていは見つけられないそうです。

船員が勇敢すぎる場合、つい、「俺たちなら、このくらいのシケなんて大丈夫! みんなが漁に行かないような場所だからこそ、マグロが捕れる!」と船の雰囲気を高揚させてしまい、親方や船長も、「よく言った! オレたちこそ、海の男だということを証明してやろう!!」と、危機管理を甘くすることで起きる海難事故もあるそうです。

必ずしも船長の判断が甘いから起きる事故とは言えないのですが、ときには、救難信号を出す間もなく帰ってこなくなる船もあるそうで、「それはきっと、突如襲ってくる大波に船ごと持っていかれたんじゃろうなぁ」と、淡々と話してくれました。

いくら速くても、それだけだと漁船にならない

「齊藤は車やら運転するんか?」
「ええ、ちょこちょこブツけてますが……」
「……そげーなことは聞いちょらん。 じゃあ、ブレーキのねぇ車に乗りたいか?」
「いえ、絶対嫌です」
「『前向きなんが絶対いい』言うんは、ブレーキのねぇ車に乗るんと同じぞ。アクセルばっかしじゃ、危ねぇじゃろう」

別の場面では、「漁船がマグロを持って帰るにはどうしたらいいか?」と聞かれたこともあります。

そのためには、言うまでもありませんが船にエンジンが付いている必要がります。しかし、それだけでは漁場に着いてもマグロは捕れないので、漁具も装備しないといけません。うまく釣れたとしても、マグロ船はすぐに帰港できないため冷蔵装置も必要だと言われました。

“エンジン”が“漁具”の役割をすることはできませんし、“冷蔵装置”が“エンジン”の役割をすることもできません。エンジンはエンジンとしての役目を果たし、漁具は漁具の役目を果たします。

それと同じように、「組織は色々な性格の人がいたほうが実は安定し、また危険を回避することができる」と言っていました。

前向きな人がダメだった例

私が以前勤めていた会社では、“前向きの権化”のようなリーダーがいて、その人は好きな言葉には、「起きたことにはすべてポジティブに解釈しよう!」「やるかやらないか迷ったときには、とにかくやる!」「失敗は、自分が成長できる最大のチャンス!」などがありました。

しかし私が勤務していた7年半の間、このリーダーが立ち上げたプロジェクトはひとつも形になることはなく、どれもが華麗に空中分解を起こしていたのです。

プロジェクトというものは、進めていけば必ずどこかで問題が出てくるので、それを解決しなければなりません。その前向きなリーダーは、その問題の解決に「ピンチはチャンスですからがんばりましょう!」という言葉を使い、「うまくいかないのはみんなの気合いが足りないからだ!」という、ひと昔はやった根性論と、本質的には変わらないことを言ってしまうのです。その言葉を聞くと、当時メンバーだった私たちは全員、

「『このままいったらピンチになるから、早いうちに手を打とう』って散々進言してきたのに、アンタが無視するから、今、ピンチになんじゃねーか、ボケッ!」

という、汚い言葉がのど元から噴き出る寸前になり、「もう、言われたことだけしかやらなくていいや」という態度になり、プロジェクトは立ち上がっては中止をするということを繰り返し、当時のプロジェクトメンバーは、私を含め全員が“前向き”という考え方が嫌いになりました。

逆に、どちらかと言うと、後ろ向きで弱音を吐くことが多く、すぐに「いやー、今回のプロジェクトって難しいよね。どうしたらいいのか全然わからないんだよね」とボヤいているリーダーもいました。

しかし、そのリーダーは不安に感じていることをみんなに伝えて解決方法を集め、先手を打ってトラブルを解消していったので、プロジェクトを成功させる確率が高かったのです。

企業研修で色々な企業に訪問させていただくと、多くの企業が「明るい人材を育てたい」とか「前向きな人を育てたい」と口にします。

ただし理解をしていただきたいのは、“明るい性格”や“前向きな性格”の人材が、絶対的に優れているわけではありません。こうした人材は、危機管理が弱かったり、場の空気が読めずはしゃぎすぎ、周りから疎んじられることもあるのです。

逆に“後ろ向き”な性格は、“危険予知ができること”や“分析力があること”に活用すれば非常にすぐれた才能であると言えます。

大事なのは、同じ性格の人ばかりで固めるよりも、色々な性格の人を置いておき、各人の得意な部分を活用してあげることが組織にとってもプラスなのです。

【今週の教訓】

部下ひとりひとりの個性を活かしましょう

※本記事は『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』から抜粋・再編集したものです。

齊藤 正明(さいとう まさあき)株式会社ネクストスタンダード
2000年、北里大学水産学部卒業。バイオ系企業の研究部門に配属され、マグロ船に乗ったのを機に漁師たちの姿に感銘を受ける。2007年に退職し、人材育成の研修を行うネクストスタンダードを設立。2010年、著書 『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』が、「ビジネス書大賞 2010」で7位を受賞。2011年TSUTAYAが主催する『第2回講師オーディション』でグランプリを受賞。年200回以上の講演をこなす。主な著書に『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』(ダイヤモンド社)、『仕事は流されればうまくいく』(主婦の友社)、 『マグロ船で学んだ「ダメ」な自分の活かし方』(学研パブリッシング)、『自己啓発は私を啓発しない』(マイナビ新書)、『そうか!「会議」 はこうすればよかったんだ』(マイナビ新書)、『海の男のストレスマネジメント』(角川フォレスタ)など多数。

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