プレゼンで大切なことは、スキルではなく、「念い」【スマート会議術第112回】

プレゼンで大切なことは、スキルではなく、「念い」【スマート会議術第112回】ナレーター・俳優 渡辺克己氏

「スマート会議術」のインタビューにもご登場いただいた書家の前田鎌利氏(https://www.kaigishitu.com/meeting-hacks/detail/id=36543)が、昨年10月にプレゼンテーション協会(https://presen.or.jp/)を立ち上げた。そして彼の理念に共感し、オフィシャルパートナーとして参画したナレーター・俳優の渡辺克己氏。

「人は誰もが、自分の思いを発信し、未来を拓くことができる」。そう語る渡辺氏。大切なことは、まず声を出し、伝えること。スキルもテクニックも意識することはない。人が本来持っている「伝える力」を解放することだと言う。

渡辺氏にとってプレゼンとは何か? プレゼンでは何を意識すればよいのか? 人は誰もが生まれながらにして“表現者”だと言う渡辺氏に、プレゼンの極意についてお話を伺った。

目次

人の数だけプレゼンのあり方があっていい

――プレゼンテーション協会のオフィシャルパートナーになられた経緯を教えてください。
Yahoo!アカデミアというヤフーの社内大学で、2012年からプレゼンのコーチを務めていて、2018年に開催されたYahoo!アカデミアカンファレンスで前田鎌利さんとご一緒したのがきっかけです。私は、ナレーションや芝居の仕事をしているので、表現者として自分が考えていること、やっていることを鎌利さんといろいろお話しているうちに意気投合したんです。
――鎌利さんのどんな志に共感されたのですか。
一番は“念い”を伝えるというところです。私は、いま世の中で言われているプレゼンのあり方に違和感を抱いているので。
――違和感を抱くのはどういった点ですか。
一番は、カタチやスキルばかりが強調されている点です。通り一遍のスキルでプレゼンしていたら、みんな同じようなプレゼンになってしまいます。それは、気持ち悪いし、ワクワクしません。私は、人の数だけプレゼンのあり方があっていいと思います。
プレゼンで大切なことは、何を伝えたいのか。鎌利さんの言う“念い”があってこそだと思うのです。プレゼンは、単にビジネスのためだけのものではありません。生きることそのものが、プレゼンだと考えています。
――プレゼンが成功するのは、話しが上手い人ですか?
話が上手いのと、その人の話を聞いて心が動くことは違います。話しているその人のことを信用できるか、本当にその人と一緒にやっていけるのか。たとえば、結婚相手を選ぶときに、どんなに「年収いくらです」、「一緒に暮らしたらこんなことができます」など好条件を上手にプレゼンされたとしても、最終的な決め手はその人と一緒に生きていきたいか、だと思うのです。
――営業で流暢に話す人が、必ずしも成績が良いわけじゃないという話はよく聞きます。淀みなく流暢に話す人の話は意外と頭に入らないことがありますね。
話が流れていってしまって、聞き手が覚えられないのです。淀みなく話す方の中に、内容を伝えるためのプレゼンではなく、「自分は話すことが上手いでしょ」というアピールになってしまっている人を見かけます。「お客さまのために」と言いながら、その実は、営業成績を上げたいだけとか、自己承認欲求を満たしたい、が本音だったり。その人の本当の目的が何なのかによって、聞き手に伝わることが変わってきます。
プレゼンを含めたコミュニケーションというものは、一緒に未来をつくっていくプロセスだと思うので、プレゼンが上手いからと言って信頼できるとは限りません。むしろ、下手な方が伝わることがあります。
――テクニックはほとんど関係ないということですか。
もちろん、「ここで間を開けたほうが聞きやすい」といったことはあります。でも、料理にたとえるなら、きちんとした食材を、きちんとした工程で料理していないものを、盛り付けだけにこだわっても何の意味もありません。

プレゼンは自分が話すことが目的ではない

――プレゼンの良し悪しを見極めるポイントはありますか。
メリットしか話さない人は信頼できません。ものごとには常に光と影があり、立場が変わったら見え方が逆転することもあります。一面だけを語ったり、不都合なことは隠したりする人の話は信用できません。
――たとえば、テレビ通販などは一面の良いことしか言いませんね。信用できるかのポイントはどんなところでしょうか。
目安のひとつは、相手に考える余地を与えているかどうかです。多くは、「いまなら!」、「いますぐ!」、「限定!」などと煽っていますよね。道端や喫茶店とかで勧誘するようなマルチ商法とかも、「いましかない!」と、相手の思考を停止させる方向に持っていくわけです。
でも、本当に良いものなら、冷静に検討してもらっても良いはずです。だから、相手を冷静に考えさせないような話し方、情報の伝え方をする人は、ちょっと信頼できないなと。プレゼンのゴールは、自分が上手く話すことではありません。聞き手がきちんと理解してくれて、内容に共感し、共に未来を変える行動を起こしてもらえることです。
――売ることだけを優先すると、つい「そのあとは知ったこっちゃない」となりますね。
その典型がオレオレ詐欺です。その後の関係性を築くことを前提にしていません。
プレゼンは、コミュニケーションの一部です。その人のプレゼンのありようは、その人が日常とっているコミュニケーションのあり方そのものです。一対一のコミュニケーションができていなかったら、多数に向けてのプレゼンなんてできません。
コミュニケーションというと、みんな発信を考えがちですが、大事なのは、まず受信する力です。自分が伝えたつもりでも、伝わっていなければ、その時間は無意味です。相手がきちんと受け取れているか、を観察できることが重要です。
――それはご自身の仕事、ナレーションや舞台の経験から実感したことですか。
台詞が与えられたとき、その台詞をどのように言うか、発信の仕方にだけ意識が行ってしまうと、良い芝居はできません。いま、この場がどんな状況なのか、相対する人はどんな状態なのかを感じる、観察すること抜きには成り立ちません。
いま、マインドフルという言葉が流行っていますが、そもそも、人間はいまここにしか生きられない。動物である人間は、常に環境の影響を受けて生きています。天候などの自然現象や、もし草食動物ならば周囲に肉食動物がいるかいないか、など。だから、マインドフルな状態というのは、いろいろな環境変化を感じ取って、その中でどうやって自分の命を守っていくかという、生きることの根本です。だから、生きる上での本質は、まず受信することだと思います。

まずは声を出すこと。理屈はあとからでいい

――渡辺さんは教育にも携われていらっしゃいますが、いまのお仕事とどう結びつくのですか。
日本人は、プレゼンの能力が低いとよく言われます。そして、自身でもそう思っている方にたくさんお会いします。私自身、人前で話すのが苦手でした。しかし、どんな思いがあっても、声に出して伝えないと、その思いはないのと同じことになってしまいます。私は、自分の考えを声に出すようにしてから、人生が変わりました。そして、いまでは声を出すこと自体が仕事になりました。だから、プレゼンに悩んでいる人たち、子どもたちに人生を変えるきっかけを提供したいと思ったのです。
プレゼンする場面は、数人相手もあれば、組織の中で数十人から数百人相手、さらに、社会に向けてならば、数千、数万人以上と、さまざまな範囲がありますよね。日常、自分をきちんと発信できない状態なのに、いきなり大勢の前でプレゼンするのはやはり難しいんです。自分の目に見える範囲、手の届く相手に向けて、しっかり声を出すことを、小さいうちからやっておくと良い。まずは、自分が思っていること、考えていることをきちんと発信していくこと。理屈はあとからでいい。そして、その発信方法は、必ずしも言葉による表現でなくてもかまいません。
――先日のプレゼンテーション協会でのトークセッション(https://www.kaigishitu.com/meeting-hacks/detail/id=37548)で、小学校低学年の子どもが絵を描くとき、最初は画用紙のサイズを気にせず、はみ出て描いていたのが、高学年になると、こじんまりして枠内に収まるようになるという話をされていました。現在の学校教育の何かが、そういう可能性を狭めていくのでしょうか。
少なからずあると思います。幸い私が通っていた学校では、抑えられずに済みました。唯一、ある美術の先生に、「絵は遠近法で描かなきゃいけない」って言われて、それ以来絵を描くのが、つまらなくなった時期はありましたけど(笑)。
――僕は保育園児のときに太陽を黄色く描いたら「太陽は赤でないとダメ」って言われた体験があります。以来、納得しないままずっと赤く描くようになりましたけど(笑)。
大人に「太陽は赤だ」と言われると、自分では黄色だと思っていても、「これは黄色ではなく、赤なんだ」という思考パターンが自分の中でつくられてしまいます。「赤に見えていない自分がおかしい」となったら、自分が受け取っている、感じているものに対して自信がなくなりますよね。そうすると、人にOKと言われるように自分をチューニングし始めます。それは、自分の感じる力を弱くしていくことです。
一方で、自分は黄色に見えているけど、赤と感じている人もいるんだ、というように、他者とは認識の違いがあることを知れたら、黄色と感じている自分に対して、何も違和感がなくなると思います。

発言するというより、単純に声を出す

――小中学校では自由に声を出すこと、話すこと、表現することの楽しさを教えるのですか。
まずは、声を出すこと自体の楽しさを取り戻してもらいます。発声の理屈など知らなくて良いのです。そもそも、発声法なんて習っていなくても、休み時間にはみんな良い声を出しています。でも授業中は、抑制されて、声が出にくくなってしまう。だから、自由ではない状況で、声を出せることがポイントです。学芸会などで、自分は一生懸命感情表現しているつもりだけど、抑制してしまっていて、思ったように声が出ないことが多い。私のワークでは、そのストッパーを外すことをします。
――発言することは、やはり内気な子にとっては難しいことですか。
自分という存在に価値があると思っているか、いないかでも変わります。「こう思っているけど、これって変かな」「こんなこと言ったら笑われるんじゃないかな」「こんなこと言うべきじゃない」と考えるようになったら、誰でも声を出すことが怖くなってしまいます。
自分に自信がないということは、自分の考えていることに自信がないわけです。それをいきなり、「しゃべって」と言われてもハードルが高い。まずは、本来の声を出せるようにすることが突破口のひとつになります。
台本を使って演劇的なトレーニングをやることもあります。他人の言葉は自分の言葉じゃないので、それが面白くなくても自分の責任ではない。だから、他人の言葉ならしゃべりやすい。セリフの練習はそういう意味で効果的です。
発言するというより、単純に声を出す。明治維新以降の日本では、みんな声を出さないように育てられてしまっているので、まず自分の声を取り戻すことから始めるのです。

プレゼンする機会が増えたのはチャンスだと捉える

――プレゼンをする状況で時代的に変わってきていると感じることはありますか。
以前は、人前で何かをしゃべる場面ってそんなになかったですよね。話さなくても仕事が成り立っていて、プレゼンは日常的ではありませんでした。いまは、あらゆる立場の人が話さなくてはいけない状況になってきています。お客さまに説明したり、自分のビジョンやプランを伝えてビジネスパートナーや出資者を見つけたり、と。価値観や文化が違う相手と良好なコミュニケーションを図るには、伝える力が必要です。
逆に言えば、しっかり伝えることができれば、いろいろな可能性が広がるのです。SNSを使えば、個人で自分の考え、思い、企画を広く発信できます。つまり、誰もが自分の念いや考えを伝えることで、何かを変えるチャンスが増えたということです。それを、「話さなくてはいけなくなった」と負担に感じるのか、「発信するチャンスが増えた」と捉えるのか。同じ状況でも、まったく違った見え方をすると思います。
一般社団法人 プレゼンテーション協会
一般社団法人 プレゼンテーション協会は「社内プレゼンの資料作成術」「プレゼン資料のデザイン図鑑」(ダイヤモンド社)などの著者で、年間200社以上に講演・研修を開催する前田鎌利氏が設立し、2019年11月よりビジネスや教育現場でのプレゼンテーションスキルの向上および普及を目的とした団体。ビジネスパーソンをはじめ、ご自身が伝えたいことを相手に伝えるようにするために、多くの参画企業と共に日本のプレゼンテーションを高めるためのスキルの普及・啓発を行います。
HP:https://presen.or.jp/

文・鈴木涼太

渡辺 克己(わたなべ かつみ)
株式会社K-works 代表取締役。ナレーター・俳優/発声・プレゼンコーチ/番組ディレクター。自ら表現者として活動する一方、小中学校、高校大学では、自己表現やキャリア教育。企業では、新入社員からエグゼクティブまで、また、政治家向けにパブリックスピーキング、プレゼンテーションのパフォーマンスのコーチ、コンテンツづくりのコンサルティングも行う。「念い」と情報の伝達に、一気通貫で関わっている。ヤフーアカデミア特別講師。

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