先が見えない時代だからこそ、「ファーストペンギン」であるべき【スマート会議術第114回】

先が見えない時代だからこそ、「ファーストペンギン」であるべき【スマート会議術第114回】株式会社Bulldozer代表取締役  尾和恵美加氏

多くの企業において、イノベーションの創出や新規事業開発が課題となっている中、注目を浴びるアートシンキング。それはビジネスの領域でも芸術家の製作プロセスや思考回路を応用可能なものとして、プロセスを体系立てたものだ。ここ数カ月、アートシンキングに関する多くのビジネス書も数多く出てきている。なぜ、いまアートシンキングが脚光を浴びているのか。はたしてアートシンキングの思考プロセスや方法論とは何なのか。ロジカルシンキングだけでは新しい発想は生まれないのか。デザインシンキングとアートシンキングは何が違うのか。

「基本的にはアートは0:1、デザインは1:10、ロジカルは10:100」

そう語るのは、さまざまな企業の新規事業開発や人材育成のコンサルティングを手掛ける尾和恵美加氏。

唯一無二のアウトプットを0から生み出すアーティストの思考回路、10から1に余計なものを削ぎ落としていくデザインシンキング、そして10から100へと拡張させていくロジカルシンキング。アートシンキングのプロセスを使った新規事業開発を推進する尾和氏にアートシンキングの世界について語ってもらった。

目次

「働き方改革」から「働きがい改革」へ

――尾和さんは仕事や会議に常にワークショップを導入していますが、その狙いはどこにあるのですか。
私がかつていた日本IBMでは、まさに働き方改革を推進する仕事をしていたのですが、働き方改革にはいろいろなパターンがあって、ロケーションを提案する御社の「会議室.com」のようなサービスもそうですし、「会議HACK!」のように効率性や生産性を高める情報の提供もそうです。業務量を変えないで、単に時間を短縮するだけでは本質的には課題は解決できない。次世代に必要なのは、「働き方改革」から「働きがい改革」への移行だと思います。「働きがい改革」というのは、メンバーの主体性を引き出すこと。個々のモチベーションやスピード、パフォーマンスを上げることで、結果的に働き方が改革されていくのが理想的です。
いま話題のティール組織が目指すのも、主体的に個が動き、有機的に作用しあう組織だと思います。これはアートシンキング的に読み解くと、自身のオリジン、やりたいというwant toの感情を起点として、自走社員が増え、チームビルディングが行われ、心理的安全性が保たれると、ここの主体性が発揮できる風土が整っていく、と理解しています。そういう「働きがい改革」につながる育成や環境、雰囲気、ソフトなどを整えるのがいいと思います。その手段としてワークショップが有効だと考えています。
もちろん会議でもワークショップ形式が有効だと思っています。会議でアートシンキングについて説明するときは、もちろん資料を使いながら説明します。とはいえ、プレゼンって視覚と聴覚だけなので、どうしても受け身になるんです。そうすると理解のスピードも遅いので、なるべくワークショップ形式を取り入れて体感してもらうことで会議への主体性を引き出し、スピードを上げています。
その人が本当に重要だと思っていない場合、かしこまった会議の場だと意見やアイデアはなかなか出てきません。でも、そうした一見些細だと思ってシェアされないようなことが、すごく大きな開示につながるヒントになる場合がある。そういうものが掘り起こされる行為は他者との対話しかないんです。ワークショップの中で行われる中で、「本当はこれって超重要じゃん!」と話が盛り上がっていって解決策まで、みんながハッピーな方法を出せるんですね。なので、会議の形式もワークショップにすれば時間は削れるし、アウトプットも良くなると思っています。
――ワークショップって大がかりで手間がかかるイメージがありますが、必ずしもそういうわけではないですか。
そうですね。確かにワークショップの定義は必要かと思います。私が考えるワークショップの定義は、みんながアクティブな状態です。大企業の会議だと偉い人がしゃべって、下の人は黙々と議事録を書いて何も言わないみたいなイメージがありますよね。本当はみんなが意見を率直に言い合える人数に分けて、常にアクティブな状態にさせておくと、同じ1時間でも成果が全然違うと思うんですよね。なので、大がかりなものというよりは、みんながアクティブな状態にある対話の場と定義したほうが、私がイメージしていることは伝わりやすいかもしれません。
たとえばワークショップ形式でやるとしたら、ポストイットを用意しておいてみんなで書き出して、グルーピングをして、プロセスに並び替えてとかして、「これはこうしよう「じゃあこれでいこう」みたいなのが決まるっていうか。見える化もされるから早いんですよね。
――一見、手間がかかりそうですが、結果を考えると逆に早く終わるということですか。
早いです。みんなが動いている状態になるので、早いし、深いと思います。

ガウディのサグラダ・ファミリアが永遠に未完成な理由

――アートシンキングを導入するプロセスで、ロジカルシンキング、デザインシンキングとの違いについてお教えください。
まずロジカルシンキングは論理的に整理して考えることですが、この考えが出てきたのは1980年代が中心です。この頃はマッキンゼーのようなコンサルティングファームが出てきた時期でもあり、パソコンが業務においてより多くの人に普及し始めた時期でもあります。そういう中で、職人の勘とか知恵を数値にして、見える化していく時代だったんですよね。見える化するインプット、つまりデータが多いと、それを効率的にさばいたり、整理したりすることができるので、そういう混沌としたものを整理してより効率的にしていくシーンにおいては、ロジカルシンキングがすごく生きるんです。
でも、次に2007年ぐらいからデザインシンキングがアメリカで出てくるんですけど、実際にその活用が盛んになったのが2010年に入ってから。iPhoneが広く普及し始めた時期です。スマートフォンが出てくると、いろいろなアプリケーションが作られて、「どうやら数値で表せない、数字で見えてこない成功の秘訣が何かありそうだ。それはユーザーの声なんじゃないか」となってきて、ユーザーインサイト、UX、UIなどが重要視されてくる。そういうところで、ユーザー視点に立ってモノ消費からコト消費、トキ消費(≒アートシンキング)をつくることが大切なんじゃないかという流れが来て、デザインシンキングが始まった。いまそれがもう少し上流にいって、デザイン経営までいっているのだと思います。
でも、デザインシンキングは0から1を生み出す思考方法ではありません。包丁とはさみとカッターの用途が違うように、思考方法も用途に応じて変えていく必要があるんですね。そうなったときに、0から1はアートというのが私の持論です。ユーザーインサイトとデータの代わりに、オリジンをインプットして進めていくことになるんですけど、このオリジンというのは直訳すると「起源」で、哲学とか美学とか美意識とか、固有の価値観。これは個々人だけでなく企業も持つものになります。
アートとデザインの違いについて補足すると、デザインというのはUX、UI、ユーザーインサイトといわれるように、届ける相手が決まってるんですよ。届ける相手が欲しいものとか、逆に取り除きたいものは明確で、それをより訴求できるように不要なものを取り除いていく行為。引き算の行為なんです。でも、引き算の母数は何かというのはみんなあまり注目していない。この母数をつくっていくために足し算をしていく行為がアートなんです。
多分アートな行為でイメージしやすいのは世界遺産にも登録されているサグラダ・ファミリアで、ガウディは自分の哲学を重ねて重ねてつくって、ガウディが亡くなったあとも主任彫刻家として外尾悦郎氏が入って、彼がガウディの思考回路を読み解きながら、また重ねて重ねてやって、いつまでたってもできないみたいな感じだと思うんです。デザインだとイメージしやすいのは、有名なところでは無印良品はそうですね。無駄のない、シンプルな印象を持ちますよね。
――「永遠に未完成」と言われるディズニーランドはどうですか。
ディズニーランドには結構緑の場所がありますよね。あれは次のアトラクション用にあえて緑の自然をつくっていると聞いたことがあります。プロセスは繰り返すと思っていて、私は「アートは拡散、デザインは収束」と言っていますが、新しいキャラクターの映画が出ると、初めは映画を観た人も一緒にその世界観を拡げていって、世界観が固まって行くというのをディズニーのいろいろなストーリーがこれを繰り返している。ディズニー全体で見たら、固有のストーリーが固有の生態系をもっているので状況はバラバラな感じだと思います。

いま、アートシンキングが重視される理由

――アートシンキング、デザインシンキング、ロジカルシンキングは、必ずしも時系列的にプロセスを踏んでいくわけでないのですか。
基本的に時系列でやるのが美しいですが、そのプロジェクトがどのフェーズにいるかにもよります。時系列というよりも思考プロセスで、基本的にはアートは0:1、デザインは1:10、ロジカルは10:100と棲み分けるのが理解しやすいと思います。上流行程にいるならもちろんアートから始めたほうがいいです。でも、設計まで入っているのであれば、それはいかにユーザーに寄せていくかが大切になると思うので、よりデザインシンキング的な視点をもって進めていくのがいいかと思います。会社の哲学もシーズもリソースも内包させながら、オリジンから始めれば揺らがないし、より固有のバリューが出しやすく、他社と競合はしなくなるので強い消費にはなりますよね。
――Appleの創始者であるスティーブ・ジョブズはどうですか。「アートとテクノロジーを融合した」とよくいわれますが。
彼の思想からプロダクトの構想まではアートだと思います。西洋文化はキリスト教の文化の影響が強いので、自然をコントロールするとか、支配下に置くような思考回路が結構あると思っています。それは噴水とかを見るとわかりやすいのですが、水は普通は重力に従って上から下に落ちる。でも噴水は下から上に上がる。あれは権力の象徴みたいな感じで、自然をコントロールできることが結構重要な価値観だと認識しています。
一方で、ジョブズは東洋思想にも傾倒していましたが、東洋的な思想は結構いろいろなものの境界線が曖昧で、いろいろなものが共存しているような世界観だと思うんです。そういう中で違和感がないもの、直感的に使えるものにしたいという上流のコンセプトはアートだと思います。
プロダクトに落としていくとき、無駄がなかったり直感的に触れたりと尖ってつくっているという意味では、デザイナー的思考だと思います。彼は多分、両方もっているんじゃないですか。でも、出てきたプロダクトで語られることが多いので、思想をわりと理解していると、確かに「最初のプロセスはアートだよね」ということはあるかと思いますが、デザインの側面で語られることのほうが多いのが個人的な印象です。
――ベストセラーになった山口周氏の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』 に代表されるように、いまビジネスシーンでアートシンキング、リベラルアーツが重要視されているという話をよく聞きます。なぜいまアートシンキングが重視されるのですか。
VUCA(不安定、不確実、複雑、曖昧)の時代だからだと思うんです。情報量が多くて、情報の流れも速くて、先行き不透明な時代という意味ですが、いままではデータを取ってきて、相対的に前年度、競合他社より、よい数字を上げることが大切だった。それが絶対的に揺るがない正義だったと思うのですが、経済が停滞していく中で必ずしも達成できる正解ではなくなった。新たな正解を自分の価値観で考えて判断してつくっていかなきゃいけない。でも長い間、資本主義の数値だけの評価でやってきているので、自分だけの答えの設定方法がわかる人が少ないんですよね。みんな迷っているんです。これは日本だけではなく、留学先のデンマークを中心としたヨーロッパの複数の国でも感じました。
そういう中でアートは、自分の価値観で世界を眺めて、自分の価値観で理想の世界を描いて、そのギャップを定める。自分の価値観を起点にして自分なりのゴールを設定していく。こうした日々の営みを行なっているのが芸術家であり、ビジネスマンがその要素を身につける重要性が高まる中でアートの文脈が出てきているんじゃないかと思います。
――過去の例に従って「それ、前に何か成功事例あるの?」と二匹目のどじょうを狙う企業はいまだにすごく多いです。そういう企業には、どうやってアートシンキングを根づかせていけばいいですか。
Society5.0*1文脈からのSTEAM教育*2の流れでもわかるように、たとえばそれを年配の決裁権がある人に勧めても、すごく時間かかることがあります。なので、私自身は時間がかかる会社には提案はしないですね。途中で止まってしまったら、それ以上は関わらないようにしています(笑)。
――そういう変化しない企業は淘汰されていけばいいと?
はい。それも含めて会社の体質だと思います。ですが、日本にしかできない産業・仕事ってたくさんあるので、日本企業が生き残ってこれから世界に与えていくであろう影響は、外に出たことで可能性を感じるようになりました。ですので、より多くの企業のオリジンが最大化されるように、全力でサポートはしていきたいです。独自の地理的状況や宗教観、文化、歴史があって、現代の価値観がある。たとえば自動車のような緻密で製造ラインなんて、私が留学していたデンマークではきっとできない。
北欧のようなデザインが得意な国は、その場その場で柔軟に形にするスキルはあるんですけど、先を見通してゴールを見つけて、ブレイクダウンして正しく決められたことをやるのが苦手なんですよね。日本人はそれが得意ですし、人口もたくさんいるから大量生産の製造ラインも担保できた。より多くの日本企業がちゃんとファーストペンギン(群れの中でリスクを冒してでも最初に水に飛び込むこと)になって、イノベーションを起こして世の中にバリューを残していければいいなと思っています。

Society5.0*
政府が「目指すべき未来社会」として提唱する、IoTによりサイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を連携し、すべての物や情報、人を一つにつなぐとともに、AI等の活用により量と質の全体最適をはかる社会のこと。狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に対して、次世代社会を指す。

STEAM教育*
Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics等の各教科での学習を実社会での問題発見・解決にいかしていくための教科横断的な教育。これを推進するため、「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」、「理数探究」等における問題発見・解決的な学習活動の充実を図る。

失敗してもいい会社の仕組みをつくる

――大企業や老舗企業はスタートアップのように、時代に合わせて素早い動きや変化をしていくのは難しいと思いますが、どうすればいいと思いますか。
まず大企業でいうと既存事業と新規事業の2つに分けたほうがよいと思います。既存事業は安定的収益を得るために、そのまま着実にやればいい。新規事業はむしろ大資本だからこそできる次の時代の文化の提案、二歩先を進むことをやったほうがいいと思うんです。それをやらないと新しい市場は生めないし、新しい市場が生まれたら、その大資本を投資した分だけ回収はできるはず。なので、目先の課題を解決する小さい事業創出ではなく、もっと未来に向けての新しく大きな事業創出をやったほうがいいと思っています。
ただ、そこで会社の仕組みに課題があって、人事評価制度の問題に直面するんです。いまの多くの会社の評価制度は、失敗をするとマイナスになる。だから、あまり新規事業の開発というチャレンジをあえてしたがる人は多くはないかもしれませんね。特に中堅以上のベテランになってくると怖気づくかもしれません。チャレンジしたことが評価される制度になっていないという人事制度の問題がある。
なぜそういう人事評価設計になっているのか立ち返ると、中・長期経営計画が数字起点だけでつくられているので、新しいものをつくっていくような新規事業開発の領域には応用できないようなKPIが降りてきてしまっているんです。現在の”Key Passion Indicator”は定量的・短期的・対外的目線で、進捗を把握するものですよね。これからは、もっと立体的に状況理解するために、”Key Passion Indicator”という定性的・長期的・対内的目線での進捗把握も必要になると考えています。
そうすると目先で、お金がすぐに回収できることをみんなやりがちになるんです。それはすぐ回収できるけど、マーケットもすぐクローズすることと一緒だと思うんですよ。すぐに成熟を迎えてしまう。大企業だからこそできる基盤のキープと、次の時代の文化を大きく提案してつくっていくことがいいと思っています。
ベンチャー企業に関しては難しいですけど、日本で、エンジェル投資家から調達しようと思った場合に、アメリカや中国でもすでに儲かっている事例があることが結構求められるんです。それって果たしてエンジェルと呼べるのかなと思ったんですけど。
――成功事例が求められるんですね。
そうなんです。起業家(アントレプレナー)も企業内起業家(イントレプレナー)もファーストペンギンであることが大切だと思うんですけど、そうじゃなくて事例があったほうが安心なわけなんですね。大きい事業を始めるときはお金がないとハードルが高いとはいえ、ベンチャーではそういう外の意見に惑わされずに、自分が信じた新しい未来を切り開くことを信じてやっていくことが大切だと思います。それをサポートする環境もオープンイノベーションみたいな形となって、ベンチャーだからこそできるスピード感で信じたものに特化してやることが重要なんじゃないかなと思います。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

尾和 恵美加(おわ えみか)株式会社Bulldozer
アートファーム 株式会社Bulldozer代表取締役運転手/パラダイムシフター。新卒で日本IBMにコンサルタントとして入社。エアライン、物流業界をはじめとした複数業界における働き方改革案件に多数参画。デザインシンキングを活用したデリバリーを行う。定量的でロジカルな考え方で到達できる解に限界を感じ、クリエイティビティの可能性を求め、英セントマーチンの流れを汲むファッションデザインスクールcoconogaccoへ入学。その後、デンマークのビジネススクールKaospilotへにて、自身の好奇心を起点としたビジネス創出を学ぶ。ロジカルとクリエイティブのハイブリットな思考法として、オリジンベースド・アートシンキングを開発し、帰国後にBulldozerを設立。

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