暗闇だから見えること【スマート会議術第99回】

暗闇だから見えること【スマート会議術第99回】一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事 志村季世恵氏

ダイアログ・イン・ザ・ダークをご存じだろうか。暗闇でチームを組んでさまざまなワークをクリアしていく。ビジネス研修やエンターテインメントとして、老若男女を問わず多くの人たちを魅了している。

これまでビジネス研修としては、コミュニケーション向上、チームビルディング、リーダーシップ養成、ダイバーシティ推進などを目的に、600社を超える企業がこの“暗闇体験”を導入してきたという。

なぜ“暗闇体験”が、いまビジネス研修として注目されているのか。

性別、年齢、容姿、障害、肩書きなど、ここではすべてが意味をなさない。視覚障害者のアテンドに導かれ、参加者は声を掛け合いながら、見ること以外の感覚を駆使し、さまざまな気づきを得ていく。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを主催する志村季世恵氏に、暗闇だからこそ見えてくるコミュニケーションの本質について話を伺った。

目次

暗闇には人が求めているものがある

――ダイアログ・イン・ザ・ダークが日本で始まった経緯をお教えください。
ダイアログ・イン・ザ・ダークは1989年にドイツで始まりました。その後ヨーロッパ中で流行し、そのことがあるとき日経新聞の小さな囲み記事で紹介されたんです。それを見た現在のダイアローグ・ジャパン・ソサエティの理事(志村真介)が、「これどう思う?」って、私のところへ記事を持ってきたんです。
「ヨーロッパはすでにモノからヒト・コトに価値を見出している。やがて日本もそうなっていくだろ。日本でも開催したいので手伝ってほしい」と言われたんです。
それを聞いたときに、正直「日本ではまだ難しいだろうな」と思いました。でも、これは大事なことなのでやろうと思いました。それがいまから25年ぐらい前です。最初の5年間は、暗闇をつくる場所さえ探せなかった。消防法の規制でNGだったり、暗闇で目が見えない人たちが活躍することに理解が得られなかったり…。
5年経って、やっと見つかった場所が東京ビッグサイトでした。そこで日本で初めてダイアログ・イン・ザ・ダークを開催して、皆さん本当に感動されたんですよね。「求めているものは暗闇にある」と皆さんおっしゃるんです。皆さんが探すものがそこにあり、体験したことで自分の中で整理がついていくんです。そのとき参加された脳科学者の茂木健一郎さんは、「クオリアがある」とおっしゃったんです。クオリアとは、意識に上がってくる感覚意識やそれに伴う経験のことです。暗闇のメタファーって面白いなって思いました。

ひとりの女子大生の涙が教えてくれたこと

――日本に持ち込んでみて、具体的にはどんな反響がありましたか。
ダイアログ・イン・ザ・ダークをやってみて、私が最初に感動したのは、女子大生とOLの方が一緒に体験したときです。終わった後、女子大生の方が暗闇から泣いて出てきたんです。私は体験後、感想を語り合う時間のファシリテーションを担当していたのですが、なぜ泣いているのか心配になって聞いたんです。すると、「私は人が好きなんだって気づいたんです」って言ったんです。
彼女は大学に通うため地方から出てきたけど、電車の中が一番ストレスだったそうです。人とぶつかっても誰も「ごめんなさい」と言わない。その朝も知らない男性から肘鉄をくらって、「ちっ、死ねよ」と思ったと。
そう思う自分も嫌でいつの間にか人を疎ましく感じていた。けれど、暗闇で人とぶつかったときには、人っていいなと思えた。それが思い出せたので泣いているんだって。すると、一緒にいたOLの方も「自分もそういうふうに思う。よくわかる」って言うんです。求めているものがここにあると。これで、日本でもやったほうがいいってみんなで決断したのが最初でした。
――そのような感想が出てくるのは予想外でしたか。
はい。私自身もスタッフもダイアログ・イン・ザ・ダークを体験していなかったんです。いきなり本番です。感想を語り合うような場は、海外のダイアログではありませんでした。
当時の日本はヨーロッパとは異なり障害者と出会う場はほとんどありませんでした。なので私たちは、目が見えない人と語り合ったほうがよいだろうと思い、体験を終えてから対話の部屋も設けました。最初は暗視ゴーグルを着けた人が案内していると思われていたんですね。そのような状況でしたからなおさらでした。ご参加者と目の見えないスタッフとの出会いは想像を超え、皆様楽しんでいました。
当時、代表の志村真介は目の見えない人と見える人たちが出会うと、どんな化学反応が起きるか興味があったのだと思います。同時にお互いがどんなショックを受けるかわからないという不安もあったようで、そのときに対応するファシリテータ―が必要だと感じ、セラピストでもある私に依頼があったのだと思います。

ダークから、サイレンス、そしてタイムへ

――20年にわたる活動を通して変わってきたと感じることはありますか。
はい。いまはダイアログ・イン・ザ・ダークだけではなく、ダイアログ・イン・サイレンスとダイアログ・ウィズ・タイムというエンターテイメントも始めています。暗闇の中で対話をするのはダークですが、サイレンスは聴覚障害者がアテンドとなり、言葉の壁を超えて対話をするエンターテインメントです。ダイアログ・ウィズ・タイムは、70歳以上の高齢者たちがアテンドとなるエンターテインメントです。
この3つが育ってきていることを思うと時代の変化を感じます。障害があったり、歳を重ねた高齢者がリーダーシップをとり活躍したりする。普段なら私たちが弱者と思っていた人たちです。でも、いまはその人たちの活躍を社会が求めています。
25年前は会場すら見つからなかったけど、いまは「ここでやってほしい」とオーダーが多くなったくらい求められている。ビジネスワークもどんどん増えていって、ここで企業研修をして、学びを得たいと思う人たちが増えてきた。それがすごく大きな変化だと思います。
助けなければいけないと思っていた人たちが、活躍できることをみんな知り始めている。その流れに合わせて障害者の人たちもずいぶん変わった気がします。
――どう変わりましたか。
自分たちだからできることがあるんじゃないかって考え始めています。また、それを発信できる時代になってきているとも思います。
社会の意識やインフラの整備はまだまだだと思いますが、そこに向かいつつあるところなんでしょう。いまはダイバーシティ(多様性)やSDGs(持続可能な開発目標)*も浸透してきていますから、だいぶ変わってきているんだろうなと思います。もちろんダイバーシティと言っても、まだみんなと同じ場に出られるようになってきたという段階だと思いますが。
たとえば、みんなでダンスをしましょうという場面があったとします。それぞれが好きな衣装を着て、自由にダンスをしていいというのがダイバーシティだとします。でもいざダンスホールに行っても、自分のスタイルで踊れない人たちも多いと思うんです。
やっとその場には立ったかもしれないけど、次は自分たちの力を生かしてどう活躍するかというところが、問われてるんだろうと思います。
――大企業を中心に、障害者の採用枠が設けられる流れはあります。でも、「採用枠で採った」で終わってしまってはもったいないですね。
そうなんです。なので、それを変えていきたい。その人たちの能力を見て知ってほしい。ダークやサイレンスを通して、こんな強みがあるとか、こんな感覚を持つとこんな思考が生まれるといったことを知ってもらいたい。そうなれば、それに即した仕事がもっと増えるかもしれない。そういったことをお伝えしていきたいと思っています。

SDGs*
2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。

対等な場での出会いの創出は大きい

――ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験して、障害者の方の気持ちがわかるという以上に、コミュニケーションの大切さに気づかされました。
人の成長って、自分と出会ったことがない人と出会うことなんだと思うんです。自分の知り得ないことを知ることができる。それが自分の成長であったり、相手の成長であったりする。だから、私たちはよく「未知との遭遇」と話しているんです。その遭遇の中で何を目指していくのかってあると思うのです。
対等な場での出会いの効果は大きい。目が見えない人と目が見える人が対等な立場になるのは暗闇だからです。でも、それだけじゃないんです。当然、参加者同士も見ることができない。服装が違うとか、ちょっと風貌が偉そうな感じだとか、大企業の社長のような立場の人とまだペーペーだと思っている人が、暗闇の中で対等に出会うって、とても大事だと思うんです。そこで初めて本当の自分と本当の他者との出会いがある。
昔のお茶室のように、「にじり口を通ったら刀も置いてみな平等」みたいな感じですね。そこで出会い、人と人との関係性を構築していくことは今後の未来にとっても大きいと思うんです。それを私たちは提供したい。
目を使っていない視覚障害の人たちは、やはり判断する力や相手の話を聞く力がとても長けているんです。その人たちが参加者を見ていて、どんな行動をしているのか、どんな考えをもって、どこに進もうとしているのかを見て、フィードバックする。まるで健康診断でレントゲン写真を撮るみたいな感じです。
このチームはこういう傾向がある、こんな要素がある、こんな強みがあるということをお伝えできる。そういう対等な中で出会って、またちょっと違ったポジションにいるアテンドたちが、それを伝えていきながらチーム力の向上をお手伝いしていく。そういう場だと思っています。

目が見えていない人たちは、伝えるのが上手

――ダイアログ・イン・ザ・ダークの体験を通して、意外な側面が出たという例があればお教えください。
たとえば、ある大きな病院で働いている皆さんがいらっしゃったときに、普段はあまり発言しない方が、暗闇ではリーダーになって、タスクを成功に導いたことがありました。
その病院では、その人はまだ新人だし、何もできないだろうと思っていたけど、そうではなかったと気づいて人事で変更があったらしいです。暗闇の中ではもともと持っているものが引き出しやすかったり、立場がまったく反対になったりする場合もあるようです。
――何も見えないゆえに、先入観や既成概念など余計な情報が一切なくなる分、ゴールが可視化される気がします。
その通りだと思います。明確なゴール設定がないと進まなくなりますね。たとえば、積み木のワークをやっていただいていたかと思いますが、あれはゴールイメージの共有が重要になりますよね。
――すべての情報を明確に定めて共有していないと、まったく先に進みませんでした。
そうですね。あるとき、目が見えない人が「見えている人は生半可な情報だけで生きていけちゃうからね」と言ったんです。「自分たちは話を全部正確に聞かないと死んでしまうこともある」という話だったんです。たとえば道を聞くとします。「○○に行きたいんだけど、どうやって行ったらいいですか?」って聞く。「あそこで曲がって、こうでこうですよ」って言われて、最後に「ただ、あそこはマンホールの蓋が開いています」とか「工事中です」って言われることもあるかもしれない。「なので、人の情報ってどこまで聞けばいいのか意外とわからない」と言うんです。特に日本語の場合、一番大事なことを最後に言うことが多いですしね。
最後に「補足かもしれないけど」とか言って、でもそれが一番重要な情報かもしれない。命を守るために最後まで聞かないと進めないということがあるって。
家族で話していても、「なぜ話の途中で合意ができちゃうんだろう」と思うと、実は合意はされていなかったということが結構あるらしいです。
「お父さん、あのとき言ったじゃない」とか「聞いてない」となることが多かったって。「目が見える人って不便だな」って思ってたと言うんです。そういう文化を持った人たちは、暗闇の中で一番大事なことが見えやすいのだと思います。
――私たちはすごくコミュニケーションのロスが多いと改めて気づかされますね。
なので、仕事もロスが起きてくるんだろうという話をよくするんです。どこからどう伝えたらいいのか工夫が必要だって。だから目が見えていない人たちは、伝えるのが上手なんです。論理的なんだと思います。子どもの頃からコミュニケーションの習慣としてできているんだと思うんです。

人は助け合える生き物だったんだって知った

――暗闇で迷子になりやすい人となりにくい人っていますか。
冒険しがちな人は迷子になりやすいですね。私自身もスタッフとして後ろからついていくときに、「この辺の足場をちょっと直しておこう」とかやっているうちに迷子になって捜索されることがあります(笑)。
――暗闇に入るとしばらくは不安で、とにかく「みんな手をつなごうよ!」と言いたくなりました。
手をつながれる方は多いです。ビジネスワークでも「手をつなごう」って言う方はやっぱりいらっしゃいますね。
たとえば暗闇に、丸太橋を渡るシーンを設けることもあります。ある男性の経営者の方が、その橋を渡るときに不安になっていたら、全然知らない若い女性がぱっと手を差し出してくれて一緒に橋を渡ってくれたって言ったんです。「自分はこの中で一番強いと思っていたのに、そのか細い手の子に助けられた。自分はいままで『誰にも頼るな。営業成績を伸ばすために走り抜けろ!』と伝えていた。そんな自分が暗闇ではリードしてもらって、いい意味でものすごくショックだった」と。「人は助け合える生き物だったんだって知った」と、最後にそう言い残して帰られたそうです。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

志村 季世恵(しむら きよえ)一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事、こども環境会議代表。心にトラブルを抱える人、子どもや育児に苦しみを抱える親をカウンセリング。また末期がん患者のターミナルケアは独自の手法で家族や本人と関わり、その方法は多くの医療関係者から注目を浴びている。主な著書に『さよならの先』(講談社文庫)、『いのちのバトン』(講談社文庫)、『大人のための幸せレッスン』(集英社新書)など多数。

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