“テレワーク=在宅勤務”ではない【スマート会議術第143回】

“テレワーク=在宅勤務”ではない【スマート会議術第143回】東京テレワーク推進センター 湯田健一郎氏

コロナ禍によって、テレワークの普及が加速している。

東京都と国がテレワーク推進の拠点として設置した東京テレワーク推進センターによると、2017年でテレワークの制度を持っている都内企業はわずか6.8%。これが2018年には19.2%。ところが2020年はコロナ禍の影響もあって4月時点でテレワークを実施した企業は62.7%にまで一挙に拡大。

緊急事態宣言が解除されたあとも、引き続きテレワークを継続する企業もあれば、もとに戻る企業もあった。その両者を分けた要因はどこにあるのか。

「“テレワーク=在宅勤務”と思われることがもったいない」

東京テレワーク推進センターの事業責任者を務める湯田健一郎氏は、テレワークが持つ可能性への理解がまだ浸透していないことがテレワークの普及を妨げていると言う。環境整備から生産性の向上、ひいては労務管理のためにテレワークをどのように導入すればよいのか。自ら8つの名刺を持ち、テレワークを駆使して全国を駆け回る湯田氏に、テレワークを有効活用する方法についてお話を伺った。

目次

テレワークの環境整備に必要な3つのブロック

――東京テレワーク推進センターはどんな目的で設立されたのですか。
東京テレワーク推進センターは、国と東京都が設置しているテレワークの特区施設になります。東京2020オリンピック・パラリンピックを見据えて、働き方改革を進めていく主旨で2017年7月24日にオープンしました。主にオリンピック時の交通混雑の緩和と、柔軟な働き方を導入していくことが契機でした。ただ、期せずして3月以降、コロナ禍のこともあって多くの企業がテレワークを導入・実施し、相談も増えており、テレワーク推進や定着のための情報を皆さまに的確にお伝えする活動を展開しています。
――主にどんな役割を果たしているのですか。
東京テレワーク推進センターには主には3つの機能があります。ひとつはテレワークの体験。多くのテレワークツールを比較体験していただけます。2つめは情報収集ができること。パンフレットや事例など400種類以上取り揃えて、企業さまの規模や業種、進め方などに合わせて、情報をご提供しています。3つめはコンシェルジュやテレワークに詳しい社会保険労務士が常駐し、テレワークの制度設計や助成金の活用なども含めて各種相談に対応しています。
――コロナ禍によってどんな想定外のことがありましたか。
当センターを活用いただく方の数が予想以上に急増しました。昨年は年間約6000名の方がこのセンターご利用いただいていましたが、本年度はすでに昨年の数値を上回り、1000名を超える月もあるほどとなっています。また、より実践的なご質問が増えています。以前は働き方改革の一環としてのテレワークというと、人事や総務の方々が中心になって、「どうやって導入しよう」というような漠然としたお声がけだったのですが、いまは経営者や管理職の方も含めて、実際にどうすればいいのか、どんなツールを組み合わせればいいのかなど、より具体的になってきていますね。
――コロナ禍以降はいままでテレワークについてあまり考えていなかった企業や部署が急に考えるようになってきたわけですね。
そうですね。ただ、テレワークを導入する企業さまが過去まったく伸びていなかったというわけではありません。東京都が従業員30名以上の都内の企業さまを対象に調査したところ、2017年でテレワークの制度を持っている企業さまは6.8%でした。これが2018年には19.2%。3倍くらいには伸びているんですね。2020年は35%を目標にしていたのですが、コロナ禍の影響もあって4月の時点では62.7%がテレワークを実施したという結果が出ており、特殊要因ではありますが、目標値よりはかなり多くの企業さまが実施した状況です。
――緊急事態宣言で一度は導入した企業を含めての62.7%だと思いますが、そのあともとに戻ってしまった企業も多いのですか。
はい。もともとテレワークの準備をしていた企業と、急遽突貫でやりましたという企業では、準備ができている幅が違うので、後者については一度もとに戻しているという状況も見受けられます。後者にも2通りあって、そのまま前の仕事のやり方に戻る企業さまと、いったん在宅勤務などの制度は停止、もしくは頻度を減らしたものの、システムや制度の整備をして、第2波に備える企業さまに分かれています。
――突貫で急遽やることになった企業の相談で一番多いのはどんな悩みですか。
インフラをどう整備すればいいのかというご相談が一番多いですね。通常テレワークの導入をするときは、業務・ルール・制度の見直しをして、ICTシステムによる環境の整備をし、社内における意識改革をするという基本のステップがあります。このステップには短くても3カ月くらいはかかります。急遽実施となった企業さまは、まずこのICTシステムによる制度整備のところだけ着手した感じになっています。
そうすると労務管理やコミュニケーションのルールなどの整備ができていないので、ちぐはぐになってしまったり、うまく使いこなせなかったりします。テレワークのツールは入れたけど、他の準備がちゃんとできていなかった企業さまが課題点を克服しようとしている段階になりますね。
テレワークのシステム整備についても、大きく3つの種類があります。まずVPNやリモートデスクトップなどのテレワーク環境。そして、ビジネスチャットやファイル共有、Web会議などのコミュニケーション環境。3つめは勤怠管理や在籍管理などのマネジメント環境です。
3つの中で多くの企業さまがとりあえず整備したのは、ひとつめのテレワーク環境のみだったりします。コミュニケーションのシステム整備が不足しているとコミュニケーションの質や頻度が下がってしまう。テレワーク勤怠管理ができていないと、労働時間や健康管理がなしくずしになってしまうことがあったりします。この3つの観点をおさえ、テレワーク実施できたのは、従前からテレワークの準備をはじめていた企業さまで、急遽テレワーク実施をしたものの、生産性が下がったという企業さまは一部の環境整備だけになっていた場合が多いですね。
――来訪者からはどんな質問が多くありますか。
ご質問で多いのは3つあります。ひとつは、テレワーク導入のステップ。2つめはテレワークツールの組み合わせや導入時の工夫。3つめが助成金活用や費用軽減のヒントなどです。
「このセンターに来て良かった」と言っていただくことが多いのは、特にツールの組み合わせですね。いま、ご自身で使っていらっしゃるツールを活用することによってできることも結構ありますので、明日からでも取り組めるヒントが得られたという声もいただきます。コストを抑えたり、無料でも使えるツールも多くご紹介しています。
次に反響が多いのは多様な実践事例が得られるということ。多くの企業さまにとって類似業界での事例は大きな導入の後押しになるようです。特に製造業や建設業ですと、「そもそもテレワークに向かない」と思われて最初から諦めがちですが、それらの業界でも類似事業者の実践事例をご紹介することによって、「社内の関係者を説得しやすくなった」など、皆さん「来て良かった」と言っていただいています。
――テレワークをうまく生産性の向上につなげる方法はいろいろあるのですか。
はい、多くあります。もったいないと思うのが、皆さん「テレワーク=在宅勤務」と思われることです。モバイル勤務やサテライトオフィス勤務もテレワークにあたります。モバイル勤務を行い、直行直帰ができるようになると、建築現場でも時間の使い方がずいぶん変わりますし、工程の遅延や変更があっても適時に対応できるようになります。これが「テレワーク=在宅勤務」と思い込んでいると、「いや、自社は関係ない」となってしまいます。コロナ禍ゆえの在宅勤務ではなく、いかに働き方を賢くしていくかという点で見ると、モバイル勤務やサテライトオフィス勤務を活用している業界の好事例も多くあります。そうすると、オフィスワークたけでなく、医療や介護、製造業や建設業界においてもテレワークを活用できる業務を見出せると思います。

VPN*
「Virtual Private Network」の略語で「仮想専用線」という意味。インターネット上に仮想的な専用線を設けて、セキュリティ上の安全な経路を使ってデータをやり取りすることができ、VPNを使用することで、データの盗聴や改ざんといった脅威から情報を守る。

マネージメントは監視ではなく管理

――効率や生産性の向上を目指す以前に、旧態依然の習慣がテレワークに移行できない壁としてある気がします。
そうですね。たとえば重要な情報は会社内に置いておくほうが安全だという認識があったりします。でも、実際はサーバーもクラウドをうまく使ったほうがセキュリティが高く、保全やセキュリティアップデートができる。また、「在宅勤務だとサボるんじゃない?」と心配されたりしますが、オフィスにいてもサボる人はサボるので(笑)。
会社で直接席を共にしてていなくても、どの仕事をどの時間帯にやっているのかは、テレワークツールを活用しカレンダーに明記したほうがはるかにマネージメントしやすいこともあります。今回、コロナ禍で体験したテレワークをきっかけに、全体の働き方を変えようと移行されている企業さまもあります。
――労務管理ツールが進化・普及してきたことで、逆にテレワークでも厳しく労務管理する企業が増えている印象もあります。
そうですね。管理と監視をはき間違えないようにしつつ、いろいろなツールを活用するのは良いことです。マネージメントというと、部下が何をやっているのかをチェックしないといけないと思われがちですが、マネージングの役割はあくまでも働きやすい環境をつくることです。
たとえばGoogle社では、プレイングマネージャーは禁止されています。マネージャー職はチーム全員がいかに働きやすい環境をつくるかが評価の対象になっていく。テレワーク環境整備の上手な企業さまは、業務の進め方やマネージャーの役割設定も工夫しています。マネージャー職の方にチェックすべきことと、そうしなくていいことを明示しているパターンが多いですね。
労働時間管理はある程度システムでもできるので、「この人は残業していないか」をマネージャーがチェックするのではなく、異常値が出たときに通知されたものだけを見るとすれば、マネージャーの働き方も変えていけます。
たとえば画面のキャプチャを1時間に5~6枚ランダムでとって、どんな仕事の仕方をしているのかをチェックできる勤怠管理ツールもあります。これを「サボっていないかチェックする」監視として使うのか、仕事のスピードや優先順位を適切に履行できているか支援するために使うかで違ってきます。得意な仕事を得意な人がやったほうがチーム全体の生産性が高くなるので、同じような資料作成している人も、Aさんは3時間でBさんは1時間でやっているとしたら、Bさんに依頼しようというようにマネージメントをするために可視化する。監視ではなくてマネージングとして使っていく観点が重要です。これをはき違えて運用してしまうとギスギスした会社になってしまいかねないですね(笑)。
――監視という意識になるとどうしても性悪説になって、一番低い水準に合わせてどんどんルールをつくって、できる人を縛りつけてしまうことも起きてしまいますね。
おっしゃる通りです。昔の製造業など品質管理をベースにした監視のマネージメントは、ひとつの粗悪品が出てしまうと全体の製品品質に関係するので、一番下のレベルの人たちでもできるようにするマネージメントモデルでした。現在では、決まった手順で業務を進めるというよりも、新規企画や業務改善など創意工夫や柔軟性高い対応が求められる仕事も多くなっており、エントリーレベルにあわせた基準でマネージメント設計をすると、パフォーマンスの高い人が離職してしまうという恐れもでてきます。
企業さまのなかには、就業規則を4つ作り、柔軟な働き方の制度を準備しているところもあります。パフォーマンスも高く思いきり働きたいという方向けには「アクセル踏んでどうぞ!」という制度を選択できるようにし、仕事によっては裁量労働や時間管理制度を適切に運用するようにしています。テレワークを活用する際も、選択のグラデーションをつくり、業務と働き手にあった運用方法を知っているとスムーズに広げていけると思います。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

湯田 健一郎(ゆだ けんいちろう)東京テレワーク推進センター
東京テレワーク推進センター事業責任者。株式会社パソナ リンクワークスタイル推進統括。2001年パソナ入社。組織戦略・BPO・CRMのコンサルティングに携わり、特にICTを活用した事業プロセス最適化の視点から、幅広い業界・企業を担当。株式会社パソナにて営業企画、事業開発、システム推進、Webブランディングの責任者を経て、現在、ICTを活用し、場所を問わず多様な人材の能力を活かす「LINK WORK (リンクワーク)」の推進を統括。 自身でもテレワークを活用し、東京と九州の2地域居住にて家業にも携わりつつ、一般社団法人クラウドソーシング協会の事務局長、国家戦略特区としてテレワーク推進を展開している東京テレワーク推進センターの責任者としても活動。政府の働き方改革推進に関連する経済産業省の「雇用関係によらない働き方に関する研究会」や厚生労働省の「柔軟な働き方に関する検討会」「雇用類似の働き方に関する検討会」委員等も務め、執筆・講演活動など「テレワーク×フリーランス×副業・兼業の推進」に広く従事している。東京テレワーク推進センターでは、テレワーク推進支援施策として東京都のサテライトオフィスやコワーキングスペース等が簡単に検索できるTOKYOテレワークアプリの提供もしている。

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