ワーケーション発展のカギは、「内なる自己改革」と「ほど良い制度化」 【スマート会議術第172回】

ワーケーション発展のカギは、「内なる自己改革」と「ほど良い制度化」 【スマート会議術第172回】三菱総合研究所 主席研究員 松田智生氏

日々ビジネスが複雑化・多様化し、働き方改革が叫ばれる中、テレワークを軸とした場所や時間に縛られない新しい働き方が求められている。特に近年、ワーケーションは日本経済の活性化、地方創生の起爆剤としての期待もある。2019年にはワーケーション自治体協議会も設立された。しかし、日本ではワーケーションに対してまだまだ誤解と先入観が強いのも事実だ。

そんな状況の中、「逆参勤交代」という形で新たな働き方を提唱する三菱総合研究所。「逆参勤交代」とは、都市居住者が期間限定で滞在型テレワークをすることで、地方に人口が増えることで活性化を促し、働き方改革と地方創生を同時実現する発想から生まれた概念だ。

三菱総合研究所で主席研究員を務める松田智生氏は、「内なる自己改革と、官民一体となった制度化が必要」だと指摘する。課題は一般企業をどう動かすか。そのカギを握るのは企業と自治体の化学反応だとも言う。

では、いかにして化学反応を起こしていくのか。化学反応を起こすために必要な行動とは何かについて松田氏に語ってもらった。

出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
目次

大事なのは、続けること、深めること、広めること

――地方の自治体がワーケーションで企業を招くためには、企業の参加者にどのようなことを訴求すると良いでしょうか?
心理学で言う貢献欲求と承認欲求を充足させる仕掛けだと思います。大企業で歯車の一部のように働いている人が、ワーケーションの地域で何か貢献し、「ありがとう」、「おかげさまで」と言われ、成果のリアルな手触り感が得られることは、貢献欲求や承認欲求を満たすことにつながります。そして制度設計も大事です。もし50時間地域のために働いたり、地域の子どもの家庭教師をしたりしたら、それが5万円の地域通貨になるような仕組みづくりです。
――地域通貨のようなアイデアを地方自治体が裁量権を持って導入することはできるものなのでしょうか。
地域通貨や地域貢献ポイント制のような仕組みは、国に頼らずとも、民間主導でも自治体主導でも可能です。
――アイデア次第でいろいろできるということですね。
そう思います。いまはコロナ禍でリアルに人が移動できませんが、たとえば長崎の壱岐市と東京をオンラインでつないだバーチャル逆参勤交代を昨年行いました。地元の方がスマホを持って壱岐市の朝市を回るわけです。朝市のおじいちゃん・おばあちゃんと話をしながら、採れたての野菜や魚の紹介をする。野菜の詰め合わせや魚の詰め合わせを5000円とかで販売すると、その場で多くの方が購入します。朝市のおじいちゃん・おばあちゃんは、オンラインでも多くの購入者がいることに驚いていました。ここでファンをつくれば、コロナ禍が落ち着いたときに、「あの朝市のおじいちゃんおばあちゃんに会いたい」ってことで、また訪問するわけですね。
またこのバーチャル逆参勤交代では、買い物の決済をいかに簡単にするかですとか、動画の手ぶれが課題となると、今度はそれを見ているITの専門家の方々が、「うちの会社は動画の制御技術があるので解決できます」と言ってくれたりする。これは、まさに逆参勤交代DX(デジタルトランスフォーメーション)が生まれるきっかけと言えます。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
――いまはコロナ禍ゆえの仕込み期間と考えると、オンラインでもいろいろできそうな気がしますね。
はい。あとは可視化やエビデンスは、「なんとなくリフレッシュ」とかいう思い込みや精神論じゃなくて、データやエビデンスを個々に見ることから始まります。ワーケーションはストレスの軽減、モチベーションの向上、リーダーシップの向上につながることを可視化していく必要があります。
――1泊2日とか2泊3日の研修はリフレッシュにはなるかもしれませんが、大きく会社の組織とか働き方を変えるというのは難しくありませんか。
まずは1泊2日や2泊3日のトライアルから始めて、次は1週間、その次は数週間、さらに数カ月とステップを踏むことです。そこで得られた成果や課題を共有して解決する繰り返しだと思います。大事なのは、続けること、深めること、広めること。一過性のイベントにしない。繰り返して深める。さらに多くの関係者や地域に広めることです。

カギを握る地元の高校

――ワーケーションにつながるような都市の企業と地方とのマッチングは、十分な情報がないとなかなか踏み出せないと思いますが、どうやってきっかけをつかめばいいのでしょうか。
1つは官民共同のプラットフォームをつくることだと思います。下図の左側が首都圏の企業で、右側が地方自治体ですが、いまの課題は情報の非対称性です。首都圏のビジネスパーソンは、どんな魅力的な地域や課題のある地域があるか、あるいは企業がいるか、人がいるかということがわからない。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
一方で地方のほうは、首都圏にどういった人材がいて、どういう目的を持っているのか。研修なのか、新規事業なのか。働き方改革なのか。どういうキーパーソンがいるかもよくわからない。この情報の非対称性の中で、スモールボリュームの人材の奪い合いを招いている。この非対称性を解消してマッチングするプラットフォームをいま三菱総研でつくろうとしています。多くの企業や自治体が参加することで、情報の共有だけでなく、サテライトオフィスや滞在場所を共有することでコストを下げることも可能です。
2つめは費用対効果の明確化。費用対効果が見えないとなかなか企業は動かない。企業では、参加者のストレス軽減やモチベーション向上、地域のベンチャーとの提携、SDGsへの貢献などを見える化することです。一方自治体も逆参勤交代による消費、雇用、税収などのデータを取ることです。
3つめは制度設計。企業の経営幹部にアンケートをとると、移動交通費の費用負担が課題として出てきます。だから、わざわざ北海道や九州のワーケーション施設に行くことに対して、やはり割引や補助が必要です。コロナが収束した際の法人版GoToキャンペーンですね。
個人のGoToキャンペーンだと結局イナゴの大群のように1泊2日で行って去っていくわけですよ。短期滞在の個人客で満室、100%の稼働率だと、受け手の宿泊業も多忙で疲弊します。それよりも、数週間滞在するワーケーションの法人顧客で、稼働率が70%の方が、受け手も疲弊せず、収益も安定します。法人顧客のマスボリュームを狙うべきです。
制度設計のもう1つは減税です。逆参勤交代やワーケーションの実施企業は法人税を減税する。やらない企業は逆に法人税を増税するような、「ほど良い制度化」です。江戸の参勤交代は、制度で江戸に人を動かしたのですが、令和の逆参勤交代も、制度化が必要です。ただ、それは江戸の辛い参勤交代ではなく、個人のワークライフバランスと地域に元気をもたらず「明るい逆参勤交代」なのです。
あとは地方で貢献した時間、働いたり学生の家庭教師をやったりした時間が、地域通貨になるような仕組みづくりですね。そして最後はトップから始めること。逆参勤交代の経営者・首長連合ということで、経団連の経営陣と地元の自治体の市長や町長が連携して、トップ自らがワーケーションをすることだと思います。
このくらいドラスティックなことをしないと働き方も地方創生も変わらないと思います。
――人の動きという意味では、企業にとっては縁のない地方でワーケーションをやるより、自分の出身地など縁があったほうがモチベーション的にも動きやすい気がします。
地域というのは地元の名門高校が中核になっていると思っています。僕は東京で生まれ育ったのでなかなか気づかなかったのですが、たとえば高知に行くと知事も県の部長も地元の社長も、土佐高校出身で、岩手は盛岡一高、山口は山口高校のように、地元の高校がアイデンティティや大きなコミュニティになっています。たとえばそこの卒業生が10年、20年、30年ごとに逆参勤交代する「卒業生逆参勤交代制度」を導入してはどうでしょうか? 移動交通費は行政やOB・OG会、地元の経済団体が負担する。卒業生逆参勤交代制度は、面倒くさいなあと思いながらも、故郷に帰るきっかけになって、故郷の良さを再発見し、長期のワーケーションや二地域居住や将来のUターンを促します。
卒業10年で28歳。ある意味、就職してちょっと悩むときかもしれないし、38歳であれば子育て、48歳であればセカンドキャリアという、人生の転換期に逆参勤交代をする仕組みをつくるのです。
そして地元の母校の高校生に自らのキャリアを教えると、「商社マンって何ですか?」「海外赴任って何ですか?」「エンジニアって何ですか?」「子育てと仕事の両立って何ですか?」と、高校生は目を輝かせて聞きます。ちなみにこういうキャリア教育では、得てしておじさんの自慢話は評判が悪いです。一方で過去評価が高かった例ですが、金融機関に勤めていた方が、会社が破綻してリストラされ、彼はいま農業で頑張っているという話でした。つまり、いわゆる「しくじり先生の再生論」のほうが共感されやすいです。
あと元支店長、元支社長も逆参勤交代の有望層です。私の知り合いでキリンの長崎支社長だった方は、長崎に移住してセカンドライフを始めました。元支店長、元支社長で赴任した人は、やっぱりその地域は第二の故郷で思い入れがある。こういう人たちのように、お金もあるし、人脈もあるし、パワーもあり、貢献欲求も高いです。
――面白いですね。いまはベンチャーの小さな会社や個人がつなぐようなプラットフォームはちらほら見かけますが、かなり大きなプラットフォームさえあれば大きな流れができそうですね。
そうですね。かなり細分化されていて副業だけのプラットフォームとか、住まいだけのプラットフォームとかはありますが、三菱総研ではそれをワンストップでできるようなプラットフォームを考えています。実際、最近「逆参勤交代プロジェクト」というサイトを立ち上げました。 これまで北海道から九州まで実施してきた逆参勤交代、ワーケーションの事例を紹介しています。これが発展してプラットフォーム化すること期待しています。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員

一歩を踏み出す勇気

――今後、ワーケーションはコロナ禍が落ち着けば、いままで溜まっていたものがドーンと湧き出てくる期待感もあると思いますが、一気に加速するためには何が必要だと考えますか。
「内なる自己改革」と「ほど良い制度化」だと思います。逆参勤交代は、新たな場所でいままで出会わなかったような人々と交流し、地域に貢献することで自ら生きるエネルギーが生まれるような「内なる自己改革」です。そして訪問者と地域の方々に良い化学反応が生まれます。こうした内なる自己改革や化学反応を、企業の経営者や幹部が率先垂範して、自らが体験するということです。
――どうしても最初は福利厚生的な印象が強くて、「そんな余裕ないよ」という企業は、どのように動かせば良いでしょうか?
それが「ほど良い制度化」です。実施企業に対しては、減税や補助のインセンティブを与えることです。また自ら動かない企業も、ライバル会社が始めると急に動き出すこともあります。他の企業の動向が気になる日本の横並びの特性を逆手に取って活かすことも必要です。
――大きくは国を動かすというアプローチも含まれてくると思いますが、三菱総研の活動としては今後どのようなビジョンを描いていますか。
川上の政策と川下の実装の組み合わせだと思います。この逆参勤交代は2017年から三菱総研の自主研究で始めたものでしたが、政策化が必要ということで、私のほうで、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局の「地方創生・全世代活躍まちづくり検討会」の座長代理を2年間務めました。逆参勤交代のエッセンスは、2020年からの地方創生の第2期総合戦略に「東京圏と地域交流の課題解決」、「マッチングプラットフォーム」というキーワードで反映されました。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
具体的には「生涯活躍のまち」という地方創生の事業の中で、左上に「都市と地方の人材循環」と記載されています。この「生涯活躍のまち」に推進意向を示す全国の自治体は一気に増えて、約420(2020年10月時点)となっています。これが最初に申し上げた政策化です。
もう1つは実装ということで、三菱総研と三菱地所・エコッツェリア協会が共催する市民大学の「丸の内プラチナ大学」があります。「丸の内で学んで地域で輝く」を標榜し、首都圏のビジネスパーソンが学んでいます。そして北海道から九州まで全国各地で実施した実証実験の「トライアル逆参勤交代」には、毎回多くの受講生が参加しました。今年度も、長野、静岡、京都で実施を検討しています。川上の政策でも十分でなく、川下の実装だけでも十分ではなく、政策と実装の連動が大切だと思います。
出典:三菱総合研究所松田智生主席研究員
――三菱総研が中心になってうねりを起こして、国も企業も「これは本気で動かないとまずいな」という流れをつくっていく感じですか。
そうですね。それがシンクタンクの使命だと思います。こういううねりが起きれば、社会が変わり、人の流れが動き、ビジネスも生まれると思います。
――丸の内プラチナ大学のトライアル逆参勤交代で気づいた点はありますか。
受動的参加者が「宝の山」ということです。参加者の中に時々、「上司から言われて渋々来た」ですとか、「友人から誘われて何となく来た」という受動的参加者が数名います。実は、こうした意識の高くない受動的参加者に限って、体験後に地域が大好きになり、継続して参加するようになることを発見しました。もともと期待値が低かったというのもありますが、受動的参加者という潜在顧客層が、マスボリュームになると思います。
あとはコロナ禍というピンチをチャンスに変える「逆転の発想」です。いまは働き方や社会をドラスティックに変えるチャンスです。逆参勤交代やワーケーションは、働き方改革でもあり、住まい方改革でもあり、暮らし方改革、生き方改革でもあるということです。
――最後に、ワーケーションに対する悩み多き企業にメッセージがあればお願いします。
第一に「脱・バケーション型」のワーケーションを志向することです。コミュニケーション型(交流)、エデュケーション型(学び)、コントリビューション型(貢献)という新ワーケーションは逆参勤交代であり、それが企業や地域にイノベーション(事業創造)を起こします。
第二に、「化学反応」がキーワードだと思います。普段行くことのない場所で、普段出会えない人に会うということが、内なる自己改革という化学反応と、外との化学反応が起こるということですよね。
第三に「アウェーの武者修行」が必要だということです。同じ職場の人間で、決まった序列で、同じ社内用語で話しても、そこにイノベーションは生まれません。アウェーで肩書や序列の関係なく、フラットな目線で話して、協力して行動できること、何かを生み出せることが、これからの人材戦略に必要だということです。
最後は、「一歩を踏み出す勇気」です。逆参勤交代・ワーケーションは、一市民や一企業や一自治体だけで実現するのは難しい。ですが、読者の皆様が一歩踏み出せば、それはこれからの日本を大きく変える一歩になるはずです。

文・鈴木涼太

松田 智生(まつだ ともお)株式会社三菱総合研究所
三菱総合研究所 主席研究員・チーフプロデューサー。高知大学客員教授、秋田大学客員教授。慶應義塾大学法学部卒業。1991年三菱総合研究所入社。専門は地域活性化、アクティブシニア論。中央官庁、地方自治体、企業のアドバイザーを幅広く務める当該分野の第一人者。内閣府高齢社会フォーラム企画委員、政府日本版CCRC構想有識者会議委員、石川県ニッチトップ企業評価委員、諏訪市関係人口創出アドバイザー、長崎県壱岐市政策顧問等を歴任。著書に『明るい逆参勤交代が日本を変える』、『日本版CCRCがわかる本』。

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