会議に必要な「3つの現実レベル」【スマート会議術第179回】

会議に必要な「3つの現実レベル」【スマート会議術第179回】グラフィックファシリテーション協会 代表理事 山田夏子氏

「うまく進行できない」「結局何も決まらないで終わる」「いつも時間だけダラダラ過ぎていく」「何が目的なのかわからない」「いつも長くて眠くなる」

会議において、誰もが一度はこんな思いしたことはあるのではないだろうか。では、なぜ会議はいつもこうなってしまうのか。

「人が深くお互いを理解し合ったり、関係性を醸成したり、主体的な合意形成をしたりしていくためには、『3つの現実レベル』を共有する必要がある」

この7月に新著『グラフィックファシリテーションの教科書』を上梓したグラフィックファシリテーション協会 代表理事の山田夏子氏は言う。「3つの現実レベル」とは、「合意的現実レベル」と「ドリーミングのレベル」と「エッセンス」である。

 

山田氏に、会議で必要な「3つの現実レベル」、そしてファシリテーションのあり方についてお話を伺った。


『グラフィックファシリテーションの教科書』
目次

会議は行動変容のスイッチが入らないと意味がない

――山田さんはもともとは専門学校で教員をされていたとのことですが、どのようにしてファシリテーションにつながっていったのですか。
大学を卒業した後、はじめはバンタンデザイン研究所というクリエイターを養成する専門学校で教員をやっていました。ファシリテーションという意味では、教育として学生たちの主体性を育んだりと、いまでいう文部科学省が掲げる「対話的・主体的で深い学び」に近いことを実践してきました。
もちろん学生たちにデッサンを教えたり、立体彫刻のつくり方など技術的なことも教えていたのですが、卒業するまでの2年間ないしは3年間、自分たちの思いを諦めたり、辞めたりせずに自己実現させていくためのサポートをしていました。それが私にとってはある意味ファシリテーションだったんですよね。
一人ひとりを成長させてパフォーマンスを発揮していくという点では、企業で会議のファシリテーションをしていくことと、学生たちが主体的に自分の学びをちゃんと自分のものにして成長していくことは、私の中ではあまり変わらない感じでした。
通常のファシリテーションは人が介入して行いますよね。私も絵を使う前からファシリテーターをやってきましたが、いろいろな企業に呼ばれて「今日はプロのファシリテーターが来てくれています。山田さんです」と紹介されて、「じゃあこの時間はファシリテートさせていただきますね」と入るわけです。
でもファシリテーターとして関わっていた会議は、その会社の人たちが何かしらの課題を抱えていたり、何か物事を決めていかなきゃいけなかったりする場なのに、プロのファシリテーターが入った瞬間に、その会議の参加者がお休みしてしまうんですよ。「気の利いた質問をしてくれるんだろう」といった感じで、受け身になるんですね。
こういう話に持っていきたいと思えば、強引に持っていくことはできるのですが、いい会議は短い時間で早く決まればいいというわけでもありません。会議が終わった瞬間に、自分たちで決めたことに対してすぐにでも動き出したいと、行動変容のスイッチが入らないと意味がない。
どれだけ行動変容を起こせる会議にするかを考えた場合、参加者の主体性がすごく大事なんです。参加者が自分たちで納得して、自分たちで考え、自分たちで気づいて、物事を決めるというように自分ゴト化ができていないと、会議が終わった瞬間に動き出せないんです。
「先週の決めたあれ、どうなったっけ?」と誰も覚えていないような会議が一番無駄な会議です。自分たちが本当に物事を自分ゴト化して、自分たちで決めて、動くための原動力になっていくのが会議のあり方だと思っています。
ベストな会議は参加者同士で話し合いが起きることです。大事なのはファシリテーターが最終的には入らなくても、自分たちで大事なことを話し合って決めていくことなんです。だからファシリテーターが「仕事をしなきゃ」と頑張るあまり、どんどん参加者がお休みして、自分たちで考えたり、物事を決めることの主体にならなかったりしてしまう。
――当てられれば答えるし、個々に発言を促せるものの、それが常に1対1になりがちになるのですね。
そうなんです。なかなか合意形成していかない。自分たちで決めたということにならないし、投げかけたことに答えていくときに「言ったもん負け」みたいなところもあるので、話したら自分がやらなきゃいけないのが嫌で、発言がだんだんできなくなったりするんです。
それでファシリテーター自身があまり人として介入しないほうがいいと思って、「今日は発言する内容を書くだけにしますね」となったんですね。でも言葉のイメージって人によって違うんです。たとえば「これからはイノベーションだよね」と言っても、その「イノベーション」という言葉の意味としてイメージするものは人によって違う。
カタカナで「イノベーション」と書くだけだと、みんなの中で共通のイメージがないので合意形成ができない。だから「イノベーションを絵に描くとしたら、どういうイメージですか?」と話してもらうところから始めます。絵に描くことを理由にして、皆さんの中のイメージにあるものを一致させて描き出していくんです。

ファシリテーションとレコーディングの違い

――グラフィックファシリテーションとグラフィックレコーディングは、根本的には何が違うのでしょうか。
話し合いを絵と文字を使って同時進行で描いていくという点では、グラフィックレコーディングも、グラフィックファシリテーションも変わらないと思います。大事なことは、目的の軸足が違うという点です。
グラフィックレコーディングはレコード(record)なので、描く主目的が記録にあると捉えると違いがわかりやすいです。記録するということは、話し合っていることを要約してきれいにまとめて絵にしていく。グラフィックレコーディングは描かれた絵が成果物。
グラフィックファシリテーションは、ファシリテーション(facilitation)なので、その場がいかに活性化するかとか、会議がいかに活性化するかとか、参加者が主体的に合意形成できるかということを目的として描いているので、絵が成果物ではなく「その場」が成果物なんです。
そこが大きく違うところです。だからグラフィックファシリテーションではきれいに整理して描かれている必要は全然なくて、「その場」がいかに主体的に活性化できて、みんなで合意形成が深められるかを大切にして描いています。
――成果物を後から参加していない人も含めて見て確認するのがグラフィックレコーディングだとすると、リアルタイムで共有して、その場で描かれたものをベースに会議を進めていくのがグラフィックファシリテーションということですね。
そうです。私たちがやっている組織開発と会議のファシリテーションには、「3つの現実レベル」という考えがあります。これはプロセスワーク(プロセス指考心理学)を誕生させたアーノルド・ミンデル博士が提唱しているモデルをベースに、「システムコーチング?(ORSC?)」での学びに基づいてます。人が深くお互いを理解し合ったり、関係性を醸成したり、主体的な合意形成をしたりしていくためには、この3つのレベルそれぞれを共有する必要があると言われています。
「3つの現実レベル」のうち、一番上が「合意的現実レベル」で、目で見て合意がとれる現実のレベルです。顕在化されている、目に見える状態になっているもの、事柄、事象、ファクトベースのものです。数字、結果、制度、仕組みといった顕在化されて目に見えるようになっているものを「合意的現実レベル」と言います。
たとえば、実は今日、私はどしゃぶりの中オフィスに来て、慌てて着替えて、この取材に間に合ったのですが、いま私が感じている、慌てた感じや焦った気持ちは、言わない限り皆さんにはわからない(笑)。こういう人には見えないけど心の中で思っていることも、現実としては存在しますよね。すでに自覚できていて、人に説明できるところまで意識に上がっている感情や感覚のレベルを「ドリーミングレベル」といいます。
ただ、これは目には見えていないので言葉にしない限りなかなか伝わらない。さらにその奥に、まだ言葉にもなっていない、直感的な感覚とか、何とも言えないニュアンスとか、雰囲気、それからあまりにも当たり前すぎて意識に上がっていないもの。
たとえば組織の中でいう暗黙知や、個人でいう当たり前に大切に思っていること。みんなも大切だと思っていたら、それは自分だけだったみたいな価値観とかがあります。こういうものはまだ言葉にもなっていないし、意識にも上がっていないけど、何となくあるものです。これが3つめの「エッセンス」です。
この「合意的現実レベル」と「ドリーミングレベル」と「エッセンスレベル」の3つがちゃんと共有されて初めて、人は納得のいく合意形成ができたり、腑に落ちたりすることができるわけです。でも私たちは会議をやると、どうしても限られた時間の中で結果を出さなきゃとか、成果を出さなきゃとか、前に進めなきゃいけないと慌てて、物事の見えているところだけを一生懸命決めようとしがちなんです。だから目に見える「合意的事実レベル」にかなり寄ったところでの会議しかやらない。
そうすると気持ちや感覚は置いてきぼりになって、結果的に「頭ではわかっているけど、納得いかない」とか「腑に落ちない」といった物事の決め方になっていってしまう。これが行動変容が起きる会議を阻害するわけです。
グラフィックファシリテーションは、「合意的現実レベル」に寄りがちな話し合いを、話している人の声のトーンとか雰囲気などから、「ドリーミング」や「エッセンス」を感じとって同時進行で絵と色で表現することで、この3つの共有を図っています。
グラフィックレコーディングはどちらかというと、話し手が、もうすでに自覚できている、言語化できていたり、目に見えていたりする範囲のことを、整理して要約して描くことのほうが多い。あるいは、わかりにくい複雑な合意的現実レベルの内容をわかりやすく要約し、整理して描くことが多いです。一方、ファシリテーションは人の納得度を大事にするので、言葉になっていない「ドリーミング」や「エッセンス」の部分を見える化していく。言葉では共有しきれないものを絵に描いたり、色で表現することに意識をおいて描いています。

絵にすることで合意形成を図る

――会議において、言語化されない感情を伝えるのが結構重要なんですね。
特に日本の大企業の人たちはものすごく真面目で誠実なので、なぜこれをやる必要があるのかという目的を聞かなくても、「いつまでにこれをやれ」って言われると一生懸命頑張る。だからみんな、なぜこれをやるのかという目的を握らずに言われたことを丁寧に一生懸命やることに長けてしまっているんです。
でもこの状態では、だんだん若者は納得いかなくなってきている。何の目的でこれをやるのかが見えていないと、本来はみんなが納得して物事を動かすことはできないんですよ。「何のためにこれをやるのか?」「なぜこれをやる必要があるのか?」ということは、まさ「ドリーミング」や「エッセンス」に潜らない限り、みんなで共有することはできないんですよね。
――これだけ価値観が多様化してくると、価値観の違いは世代だけじゃなく、同じ世代でもバラバラになっていたりしますよね。
そうなんです。それこそ大企業の管理職の方々は高度成長期に一緒に働く中でわざわざ声に出さなくても、「ドリーミング」や「エッセンス」を一緒に体験をしてきている文化があるんですよね。新橋でビールを飲みながら語り合って、「エッセンス」を深めたりしてきているので、仕事上でわざわざ全部を言語化しなくても、「なっ、わかるよな!」という言わずもがなのところが美学になっています。
でも若い人たちからすると、行間を読めと言われてもピンと来ないわけです。だから世代も含めて多様な人たちが納得し合うためには、「ドリーミング」も「エッセンス」も見える化することで、しっかり納得した合意形成を図るというアプローチが必要になるんです。
――山田さんが監修されているケルビー・バード氏の著書『場から未来を描き出す――対話を育む「スクライビング」5つの実践』は、言いたいことをはっきり言葉にして自己主張をするアメリカから出てきているわけですが、日本で求められるグラフィックファシリテーションとどんな違いがあるのでしょうか。
私自身、海外のグラフィックファシリテーションを学んできてはいるのですが、実際に私がやっているグラフィックファシリテーションは、結構“和風”なものです。欧米には移民文化があるので、自分たちの主張をちゃんと通さないと生きていけない。だからみんなが主張し合ったことを束ねるためにグラフィックファシリテーションが使われていると思います。
一方、日本は小さな島国なので、そこで代々暮らしてきている人たちは、自分の主張を通さずに場の空気をわきまえて、場をまとめていく和を重んじる意識がありますよね。それはすごく奥ゆかしくて大事なことではありますが、自分の本音をちゃんと出すことができない。だからグラフィックファシリテーションでは、言葉には出ていないけど、声のトーンで感じられるものだとか、雰囲気で出てくるものを描くことで、本音を引き出すということをやっています。
――アメリカのようなローコンテクスト文化と、日本のハイコンテクスト文化の違いとも言えそうですね。
そうだと思います。日本語は圧倒的にハイコンテクストなので、1つの言語でいろいろな捉え方ができる。「そうですね!」もあれば「そうですね……」もあって、これを絵で表現しようと思うと、顔の表情が違ってくるんですよね。だから、声のトーンに乗っかってきているものが描かれることで、納得していない「そうですね」だったんだね~ってことがみんなに共有される。「そうですね……」と言っている、このちょっとざらっとした感じは一体どんなことですか?と、顔の表情からさらに引き出していくことをやったりします。
たぶん日本人はハイコンテクストの文化に逃げているところもあると思うんです。同じであるほうが安全という感覚が強くて対立を恐れる文化があるので、違いを表していくことにものすごくハードルがあると思うんですよね。絵を使って少しでもハードルを下げて違いを表して、みんなでこの違いに気がついていくことでコントラストがはっきりする。言語でリスト化すると、大事さ具合が全部並列化して優先順位があまり見えないんですね。
絵に描くということは、やっぱり真ん中に描かれているもののほうが、その人にとって大事だったり、絵に表現することでコントラストが明確になったりしていくわけです。みんなの合意形成を図っていく意味では、一人ひとりの、言語化まではできていない自分の気持ちや思いが、絵を通してみんなに共有できることが大きいのかなと思っています。

文・鈴木涼太

山田 夏子(やまだ なつこ)株式会社しごと総合研究所
一般社団法人グラフィックファシリテーション協会代表理事、システムコーチ/クリエイティブ・ファシリテーター。武蔵野美術大学造形学部卒。クリエイターの養成学校を運営する株式会社バンタンにて、スクールディレクター、各校館長を歴任し、その後、人事部教育責任者として社員、講師教育、人事制度改革に従事。さらに、同社にて人材ビジネス部門の立ち上げ、キャリアカウンセラー、スキルUPトレーナーとして社内外にて活動。その後独立し、2008年に株式会社しごと総合研究所を設立。人と人との関係性が、個人の能力発揮に大きな影響を与えていることを教育経験から実感し、グラフィック・ファシリテーションやシステム・コーチング?を使った組織開発やチームビルディング事業を展開している。著書に『グラフィックファシリテーションの教科書』、監修に『場から未来を描き出す――対話を育む「スクライビング」5つの実践』がある。

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