「5分会議」™が導いてくれた会社の未来像【スマート会議術第58回】

「5分会議」™が導いてくれた会社の未来像【スマート会議術第58回】株式会社吉村 代表取締役社長 橋本 久美子 氏

日本茶などの包装資材の企画・製造販売を手がける株式会社吉村。1932年創業の老舗企業だ。しかし、お茶のペットボトルが台頭した1990年代、経営は危殆に瀕した。その窮地を救ったのは2005年、三代目社長に就任した橋本久美子氏だった。

橋本社長が最初に着手したのは、社内のすべての会議を改革することだった。会議は会社の縮図ーーそんな経営理念のもと、これまでの経営陣によるトップダウン式をやめ、現場の女性や若手社員の参画意識が高まるよう、会議のやり方を変えていった。

会議改革の指標となったのは、社長就任後、間もない頃に出会った沖本るり子氏の提唱する「5分会議」™(https://www.kaigishitu.com/meeting-hacks/detail/id=33889)だったという。そして、「5分会議」™は会社に新しい風を吹き込み、ひいては働き方改革をももたらした。就任以来、常に新たな挑戦を続けてきた橋本社長に、会議の重要性について語ってもらった。

目次

会議改革に立ちはだかった抵抗勢力

――会社全体の空気を変えたという「5分会議」™ですが、現在はどのように活用されていますか。
「5分会議」™を最も使うのは取締役会ですね。
――「5分会議」™はスピード感や緊張感もあるので、年配の取締役がやるのは抵抗がありそうですね。
もし、「5分会議」™を上司がやらなくて、部下だけがやっていたら、結局、最後にひっくり返されるということが起きてしまう。そうなると部下のモチベーションが下がってしまいますからね。
最初はすごく抵抗がありました。始めた頃は、常にキッチンタイマーを持たせて、20秒とか1分でしゃべらせて、時間が来るとタイマーがピピピッと鳴って、その瞬間に拍手で終わるんです。
その当時は、「23会」と呼ばれる昭和23年生まれの年配者が多くいたので、抵抗が強かったですね。「天気がどうのこうの」って言っているうちに、ピピピッと鳴るので、「何だ!?」と怒って帰っちゃう人もいました。みんな「5分会議」™のコンサルタントの沖本さんを嫌っていましたね(笑)。
でも、そのうちに「だからこう改善したいです」ってプレゼンするようになるんです。それに対して、みんなが、「それでわかった点を書こう」とか、「わからない点を書こう」とか、疑問を出したりします。「それをやったらこんなに良い点があるけど、良い点はこう、悪い点はこう」って、改善するにどうすれば良いかわかってくるんです。
「5分会議」™では、20秒単位で順番に意見を言って、それをメモしながら周回するので、誰が言った意見なのかわからなくなる。だから「あんなこと言いやがって」とか、「誰が告げ口したんだ?」とかにならない。

「えー!」から、「へー!」へ

――社長ご自身も「5分会議」™に参加されるのですか。
はい。必要なときは参加します。たとえば18億円かけてつくった工場の壁の色やレンガの色など、「5分会議」™で決めたら、自分の思ったものが1つも通らなかったです(笑)。最初は「えー!」って思ったのですが、でも出来上がったら、「へー!」ってなるんです。自分が答えを持っていないのだなあって、本当に思いました。
失敗はします。自分がやっても失敗するし、社員がやっても失敗する。失敗したということがわかって、手直しして次にどんどん行けるっていうメンタルこそが大事だと考えています。失敗を「なぜ失敗したんだ?」っていつまでも言っている社風になると終わると思っているので。
――「5分会議」™を導入して、失敗を恐れないようになったのですか。
とりあえず1回やってみよう!という感じですね。1回やってみるときには、必ず振り返りの日を決める。これで1回やってみて、たとえば、1週間後とか1カ月後とかに振り返る。とりあえずそれで走ると思ったら、そこで合意したんだからそれをやるっていう感じです。
会議は決めることが目的じゃなくて、決めたことを実行するのが目的です。粗くてもいいので、スピード感をもって実行に移すことがすごく大事だと思っています。
――全社で開催する年間イベント的な会議もあるそうですが、どんなことをするのですか。
年に1回、経営企画発表会という会議をやっています。いまは新卒もいますが、当時は中途採用ばかりだったので、同期という感覚がなかった。だから入社4年目の社員に経営計画発表会を仕切ってもらうんです。
200人以上が集まる全社会議の議題を決めたり、司会をしたり、泊まるところも、お弁当も、交通も全部段取りをしてもらいます。「4年生」は毎年10人ぐらいいますが、その人たちが200人規模の経営企画発表会を設営するところで“同期”になるんです。
経営企画発表会を通して、みんな利益を出したら、自分にいくら還元されるっていうのが胸算用できるんです。そこもすごく大事です。「当事者意識を持って会議をしろ」と言っても、その会議の先に何があるかわからなければモチベーションは上がりませんよね。効率が良くなって、会社が儲かっても会社が全部もっていくんじゃ、なんか違うだろって思うので、そこも大事じゃないかと思っています。
――普段接点がない人たちとも交流できるいい機会ですね。
そうです。経営計画発表会もくじ引きで席が決まるから。あと、毎年発行する経営計画書で全員の顔と名前がわかる。なので、なんとなくチーム意識が芽生えますよね。

枚数で売れなきゃ重さで売ろうという発想

――自主的に会議をつくっていくことで、みんなどんな反応がありますか。
やっぱりみんな声を上げたかったんですね。危機感とかビジネスチャンスとかを感じていたんだなあと。やっぱり、私を越えていくなあって思いました。
たとえば、「柔らか頭プロジェクト」は、入社2年目の人たちで、まだお茶の業界をよく知らない。でも、私はすぐお茶屋さんの視点になっちゃう。「こういう手順からいったら、それはあり得ない」とかすぐ言うわけです。でも、白紙だからこそ出てくるアイデアがある。だから柔らかな頭の人たちだけで商品開発をしたりしているんです。
――突拍子のないことを言っても、それが逆に面白くなったりしますよね。
普通、お茶袋は100枚束で売っているんです。100枚でいくらって値付けしている。たとえば、100枚束で1枚10円とかで売っているとするじゃないですか。それを、「いや、うち30枚でいい」とか、「50枚でいい」って言う人がいる。「いろんな種類を買いたいから10枚でいい」ということもあります。
もともと手間もあるから1枚あたり倍ぐらいのミニショップ価格にして1枚から買えるようにしていたんです。「いや、1枚買うんじゃなくて、5枚ずつ違うデザインのものを20種類買うんだから、もうちょっと何とかならない?」っていう話があったとします。そうするとみんな「5枚の価格をどうする?」「コード番号どうする?」とかいろいろあって。
そんな感じで喧々諤々している中で、数秒単位でアイデアを出し合うと、突然「枚数ではなく重さに変えよう」というアイデアが出てきたりする。展示会をやるときの目玉として、「その日だけは袋を量り売りにしよう」っていうアイデアが出たんです。そんなアイデアを実際にやってみたら大好評。きっと会議がなかったら、そんなアイデアも出なかったんです。ひっくり返して、「量り売りする」とか言ったら、「量り売りするって、いつ量り売りするの? 来てもらわなきゃ量り売りできないじゃん」って、「内覧会でする集客の目玉にしよう!」とか言って、「それいいね!」って次々とアイデアが連鎖してつながっていく。
――既存のビジネスの流れの中からなかなか出てこないですよね。
そうです。延々と「5枚にするか、20枚にするか。返品のルールはどうするか」ってなっちゃうんです。

社員をパートナーと思えるので、いま自分は孤独じゃない

――会社の成長戦略を考えたとき、ご自身の中で、意識が変わったことはありますか。
社員が自分を越えていく実感でしょうか。私が答えを持っているんじゃない。みんなが知恵を出していくと、私個人で考えていることをやすやすと越えていくことが結構あるなあと思っています。社員に対して尊敬の念、感謝の気持ちを抱くことがすごく増えたなあと思います。
あとは、自身も13年やって、それなりの成功事例を持ち始めているので、そこに頼りたくなる自分がいます。父が商店からメーカーになろうと頑張ったのはすごいなと思うんです。でも、晩年の60歳代の10年間は何をやっても当たらなかったんです。やることがみんな失敗する。自分が社長になったときにそれがすごく怖かった。父は孤独だったと思うんです。
自分一人ですべて考えて、百発百中だった時代は自信満々だったんだけど、うまくいかないと、「あれ? 社長、もう昔と違うんだな」ってみんなが思っている。すごく孤独だったと思うんです。
そういう意味で、いま自分は孤独じゃない。社員をパートナーと思えるので。社長がいきなり「意見を言ってよ」と言っても、社員もなかなか言えないと思うんです。会議を通してそういう仕掛けを持てて幸運だったなと思います。
恐怖政治みたいなものがあったら、きっと自由に意見を言えないじゃないですか。それが自分の評価に関わると思ったら下手なことは言えない。だから、そういう意味では、「5分会議」™をやってきたことによって、みんな意見を言うことに自信を持っている。そこがすごく良かったと思います。
――今後、会社をどういう方向に導いていきたいと考えていますか。
いかに上手に世代交代をしていくかというテーマがあります。父が60代でやったことが当たらなかったんですが、私がその60代になる。2020年からは景気も悪くなるだろうと思っているので、それまでにやりたいことは打ち出してきた。それは自分で考えて、考えて、考え抜いてつくったものを、みんなに示してやっていたんです。
でも、その先の10年ビジョンは社員と考えたい。私が決めたものに、社員が会議で「わかった」とか「わからない」と手直しをしていくんじゃなくて、ゼロからつくりたいと思っています。それをやったら、きっと未来が自分たちの描く理想にリンクしていくんじゃないかなと思うので。
――知財、意思を受け継ぐ次のリーダーがまた出てくると期待できますね。
よく「片腕」とか「右腕」とか言う方がいるんですけど、私はそれがすごく嫌なんです。
大きい船団の船に乗って、みんなでオールを漕いでいると、リーダーが方向を間違えると全員で方向を間違えちゃうじゃないですか。普段は「こっちに美味しい魚がいるかも」と思って、ふらふらしている人がいたり、「いやいや、水面のほうがどうなっているか見ておいたほうがいいんじゃないか」と言って、どこかへ行ったりする人がいたほうがいいと思うんです。
だから、そういう意味では、リーダーというのは、強固なリーダーが誰か出てくるというよりは、一人ひとりが自分のリーダーシップを取って、この会社のことが自分ゴトになっていることが理想だなと思っています。
――カリスマ性のあった強いお父様とは違った道を選択したわけですね。
私、いまでも1週間に父のお墓参りに行くんです。死んだら黙っているのでいいんです(笑)。黙って聞いてくれるから、「こんなふうに困っちゃったよ」って話す相手としては、父が一番いいんです。
父は、亡くなってわかりましたけど、やっぱり会社のことを一番思っていたんです。それだけの借金をして、それだけのリスクを背負って、商店を企業にした人なので。ただ、その情熱のあまりみんなからは恐れられて、すごく孤独だったなと思うんです。そういう意味では、父を反面教師としてまだまだ学ぶことがいっぱいあるという感じです。
橋本 久美子(はしもと くみこ)
株式会社吉村代表取締役社長。1932年、品川で祝儀用品の加工販売業としてスタートした株式会社吉村。その半世紀を超える歴史においては、日本茶を主とする食品包装資材の企画製造販売を行う。現在はパッケージのデザインにとどまらず、日本茶の販売にまつわる幅広いサポートを通じて、日本の伝統食品の新しい市場提案を手がける。
HP:https://www.yoshimura-pack.co.jp/

文・鈴木涼太
写真・大井成義

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