暗闇はプライドや鎧を取り払ってくれる【スマート会議術第100回】

暗闇はプライドや鎧を取り払ってくれる【スマート会議術第100回】一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事 志村季世恵氏

光のない世界で生きる視覚障害者に導かれて、“暗闇体験”をするダイアログ・イン・ザ・ダーク。一歩先さえ見えない不安を抱えながら、人と出会い、対話し、協力し合い、何かが生まれる。

ここでは女性も男性も、新人も社長も、障害者も健常者もいない。暗闇の中では誰もが対等だ。老若男女、障害の有無、国などさまざまな壁を超えることで、人はコミュニケーションをする生き物であることを改めて思い知る。

ダイバーシティ(多様性)やサステイナブル(持続可能)な社会が叫ばれる今日、“暗闇体験”は私たちに何を教えてくれるのか? ダイアログ・イン・ザ・ダークを主催する志村季世恵氏に話を伺った。

目次

終わった後、手をつないで帰った老夫婦

――ダイアログ・イン・ザ・ダークは個人で参加される方もいるのですか。
はい。個人向けは小学生からお年寄りまで楽しめるような、エンターテインメントのダイアログなので、皆さん楽しまれていますね。
――どういった目的で来られる方が多いのですか。
デートで、「ディズニーランドにする? ダイアログにする?」っていう感じで気軽に選んでいらっしゃる方が多いです。親子で遊ぼうという方もいらっしゃいます。
――倦怠期の夫婦とか、ケンカ中の恋人同士とかも、来られたりするのですか。
はい。鋭いですね(笑)。でも、ほとんどの方は修復されて帰られますよ。婚約者が「本当に彼でいいかな」って、最後の判断として連れてこられる方もいらっしゃいます。
――寄りを戻したり、自分を見つめ直したりするのに良さそうですね。
たとえば、60代のご夫婦が参加されたときがあります。奥さんがご体験後に涙ぐんで出てらして、その理由を聞いてみると、「40年以上前の夫の声が暗闇から聞こえてきた。電話の声を思い出した」っておっしゃったんです。「最初に聞いた電話の声を、暗闇の中で感じたんです」と言って。「すごくステキな声だったんだ」って言って。ドキドキしながら話をして、それで結婚したんだけど、いつの間にかそんな声を忘れてしまっていたと。「でも今日、その声を思い出して、いままでちゃんと夫の声を聞かないで過ごしちゃったんだと思った。ごめんね」って言うんですよね。
旦那さんがとても喜ばれて。それで手をつないで帰られました。「久しぶりに手をつないだね」って笑っていらっしゃいましたけど、脳の中でふっと記憶が開くんでしょうね。暗闇の中では、何かをしながらということができません。相手の声を丁寧に聞き、そして言葉を丁寧に発するのです。それって大切なことですが、なかなかできないですよね。特に慣れのある関係だとなおさらです。そこですごくいい感じになられる方が多いです。
――ビジネスに限らず、人と人のコミュニケーションという本質的な部分で原点に立ち返るのでしょうか。
ビジネスでも個人でも、感じていただくことの根本は似ているんじゃないかなと思います。エンターテインメントバージョンであっても、ビジネスワークであっても、アプローチが違いますが、その効果は共通している部分があります。

えっ?という意外な発見がいくつかある

――たとえば、会社ですごく仲の悪い役員同士が体験したらどうなるのでしょうか。
実は大手の企業さんから、そういったご要望もいただきます。たとえば、「役員同士が本当に大変なので、なんとかできないか」と来られた会社がありました。それでリレーショナル・エデュテイメントというプログラムに参加いただきましたが、関係性はだいぶ修復できたとおっしゃっていましたね。
――どんな内容の体験なのですか。
経営者などのマネジメント層だけが集まったときのためにつくった特別なコンテンツだったのですが、それをアレンジしました。子どもの状態に戻ってもらって楽しく遊び、フラットな関係性になった状態で深い対話をしていただくプログラムです。
たとえば普段は書類だけを見て会議をしたり、物事を決定したりする方々がいきなり腹を割って話すのはなかなか難しいですよね。肩書や役割などに振り回されなかった子どもの頃を思い出していただくために、幼いころのニックネームで相手を呼び合い、いくつかのワークショップを順序だてて行います。60~70代の皆さんがとても嬉しそうに取り組まれるんです。
自然と声を掛け合ったり、笑い合ったりして、関係性がフラットになるんですよね。その状態のまま、アテンドの促しで深い対話をしていただく。変化は責任の重い立場の方ほど大きいです。暗闇の中では頭だけでなく、体を使っていただくこともするんです。チームで競い合うワークもあるのですが、マネジメント層の方って競争が好きだからか、皆さんいつの間にか楽しんでいます。
最初は「なんで俺がこんな暗闇に入るんだ」とおっしゃいます。でも、始まるとスイッチが入りますね。暗闇で見ていると、仕事のできる方はやはりそうして自分の置かれた場をポジティブにとらえる潜在能力があるんだろうなとよく感じます。
暗闇ってプライドや鎧を取り払ってくれるんです。こんな大きな人がこんな小さな手だったんだとか、えっ?という意外な発見がそれぞれいくつかある。だから意外性が発見できるようなことをたくさん盛り込んで、そこから違った側面が見つけられるような仕掛けをしています。

優秀なのに発信力が弱い日本人

――何を一番期待して来られていると感じますか。
いくつもありますが、ご自身の企業の課題を解決したいとおっしゃり、来られる方がほとんどですね。これまで600社以上の企業さんに導入いただいたのですが、目的はコミュニケーション向上であったり、イノベーション能力向上、あるいはリーダーシップ養成、チームビルディングであったり。
いまはダイバーシティやSDGsの考え方が広まってきていますよね。そのことで何かしなければいけないと思いながら来られる企業も増えています。「ダイバーシティといえばダイアログ」と言われていましたが、最近はSDGsの観点からのお問い合わせも増え、社会の変化を実感しています。
――ドイツ生まれのダイアログ・イン・ザ・ダークですが、ヨーロッパの人たちと日本人に目立った違いはありますか。
全世界共通の、積み木を使ったワークがあるのですが、海外の人たちは日本人より成功率が低いらしいんです。確かに日本人は成功率が高いんですよ。完成度も高い。だから日本人って優秀なんだなってわかるんです。
でも、プレゼンが弱い。海外の人は積み木のワークができなくても、そこで学んだことについてものすごく語るわけです。でも日本人はそれが苦手です。せっかく優秀なのだから、自分の意見を臆せず自信をもって発信することさえできれば、日本はもっともっと伸びると毎回感じます。
年に一度、ダイアログの国際会議があり出席するのですが、さまざまな国の人たちと頭の使うゲームをします。やはり先述したようにそこでも、日本人は成功率が高いです。でも一度間違ってしまったら、もう発言できない。いくら間違っても自信を持って発言できる海外の人たちはすごいなと思うんです。
日本人はパーフェクトでいなければいけないという気持ちが強い。だからこそ、いいものもたくさん作ってきた。今後は良い部分を残しながら、弱い部分を育てていくことができれば、と感じます。いまの若い人たちは発信力のある人も増えてきているので希望を持っています。
――環境が整えば、発信力もついてくるかもしれませんね。
はい、そうあってほしいと思います。暗闇では自分で発信しなければ存在がなくなるのと同然なんですよね。
ダイアログの暗闇に入ると、世界中どこでも、みんな「I’m here.(私、ここにいます)」と言う。それは、暗闇の中で場所を明確に伝える必要があるからなのですが、でも本質的には「私の存在はここにある」という意味でもあるんですよね。それは海外でも日本でも同じなんです。
――私も「私、ここにいます!」って連呼しました(笑)。
だから環境がまったく変われば、日本人も発信をするし、いままでは言わずもがなで伝わる文化だったけど、グローバル化社会では、言わないと伝わらない。自分の考え方、存在を発信していかないといけない時代になったとも思います。

日本の人口の30%以上が障害者とお年寄り

――今後、ダイアログ・イン・ザ・ダークとして、どんな社会を実現していきたいですか。
いままでは自分だけが、会社だけが得すればいいという考えが多かったと思うんです。でも、そういうのはもう無理だとみんな気づき始めている。企業同士でもサポートし合あうとか、関係性を築いていこうとしています。障害者雇用率も上昇していますし、「誰一人取り残さない」をテーマに掲げているSDGsの概念にも近いと思います。
私たちはずっとそれを伝え続けているつもりです。みんなで声を出し、サポーティブな関係にならないと真っ暗闇を楽しむことができない。SDGsや目指すべき社会の在り方が、暗闇に入るだけで体感できるのが、このダイアログ・イン・ザ・ダークなのではないか、と思っています。
また、脆弱な弱い立場にいる人たちのことをボーナブル(Vulnerable)と言いますが、障害者だけじゃなく、ちょっと弱い立場にある人たちがいま、日本にも増えてきている。
障害者とお年寄りを合わせると、日本の人口の30%以上がボーナブルなんです。私たちはその30%を社会的なコストにする必要性はないと思っていて、その人たちが活躍できる場を社会がつくっていないだけだと思っているんです。
うちの視覚障害者のスタッフは「自分たちは税金で食べさせてもらうよりも、税金を支払いたいんだ」とよく言います。自分たちが活躍する場、自分たちの持ち得る能力を生かせる場をつくってほしいと。それがもっと増えれば、経済もずいぶん底上げされると思うのです。
でも、私たちはこれまでボーナブルな人たちの力を知らなかった。彼らだからこその知恵を知りもう一回整理する時代が来てるんじゃないかなと思っています。ダイアログ・ウィズ・タイム(70歳以上の高齢者たちがアテンドとなるエンターテインメント)をやっていても、70~80代の人たちのご経験とそこで培われた知恵は本当にすごいんです。その知恵のある人たちをもう一回社会に還元してもらうことができれば、すごく豊かな社会になる。
いま子どもたちがどんどん元気がなくなってきています。これも社会的には大きな問題ですし、損失につながります。元気のない子どもたちが増えれば、日本は弱っていきます。これまで自分たちが出会い、対話をしてきたのは社会の中のごく一部の人たちだったのかもしれません。国の民度は子どものことを考える時間と比例していると言われています。制度だけを変えるのではなく、私たち大人がもっと子どものことを考え行動する必要があるのですよね。子どもの気持ちも置いてけぼりにしてしまっていた、障害者のことも忘れてしまっていた、お年寄りの存在も忘れてしまっていた。
これまで20~60代の人たちしか考えなかった日本の社会を変えてく必要がある。子どもたちのことをもっと豊かに、教育も違った形にしていきながら、心豊かな社会にしていきたい。
いまの日本は、子どもたちが孤独を抱えている国のワースト1位なんです。そんな子どもたちの孤独をどうしたらなくせるんだろうと考えたときに、ダイアローグ・ジャパン・ソサエティはどう役に立てるのか。私たちがやれることをもう少し見ていただいて、ダイアログだけじゃなく、国でも、自治体でも、企業でもやっていただきたい。それができれば、ずいぶん強い社会になるんじゃないかと思っています。

「から」を「だからこそ」にしたい

――知恵さえ出せば、高齢者を生かしたビッグビジネスも生まれるかもしれない。先入観とかで終わりしないで、ということですね。
はい。介護が必要なお年寄りより元気なお年寄りのほうがよっぽど多いんです。メディアも弱いお年寄りばかりをクローズアップしてしまっている。そうではないところに目を向ける必要があると思うんです。
ダイアログ・ウィズ・タイム(70歳以上の高齢者たちがアテンドとなるエンターテインメント)で、85歳のおばあちゃんが専業主婦歴60年の経験を活かしアテンドになりました。60年ぶりお給料をもらうようになって、嬉しそうに、自分のお金で家族を旅行に連れてくんだって言うんですよね。
見えない人も聞こえない人もお年寄りも、見えないから、聞こえないから、お年寄りだからとか、「から」と語尾が下がって、ついネガティブにとらえがちですよね、「見えないからできない」とか。それを、「だからこそ」にしたい。「見えないからこそ、聞こえないからこそ、お年寄りだからこそ、できることがある」と。それができれば、みんなが元気になるだろうと。
同様に日本だからダメじゃなくて、日本だからこそできることがある。私たちは先進事例をつくって世の中に見せていきたいと思っています。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

志村 季世恵(しむら きよえ)一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事、こども環境会議代表。心にトラブルを抱える人、子どもや育児に苦しみを抱える親をカウンセリング。また末期がん患者のターミナルケアは独自の手法で家族や本人と関わり、その方法は多くの医療関係者から注目を浴びている。主な著書に『さよならの先』(講談社文庫)、『いのちのバトン』(講談社文庫)、『大人のための幸せレッスン』(集英社新書)など多数。

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