同じ言葉を使っても文脈が違うと話は合わない【スマート会議術第115回】

同じ言葉を使っても文脈が違うと話は合わない【スマート会議術第115回】株式会社Bulldozer代表取締役  尾和恵美加氏

オリジンベースド・アートシンキングという言葉を聞いたことがあるだろうか。直訳すれば「オリジン(起源)を基盤にアート的思考(≒脱常識思考)すること」。VUCA(不安定、不確実、複雑、曖昧)の時代と呼ばれる先行き不透明な現代、ビジネスで不安や閉塞感を感じている人も多いのではないだろうか。

尾和恵美加氏は、「アートは正解がないことが正解」と定義する。だからこそ、ビジネスの文脈でいまアート的思考が注目されてきているのだ。尾和氏は、VUCA時代においてプロダクトアウト的に新規事業を生み出すことができるオリジンベースド・アートシンキング(アート思考)のプロセスを自社開発する。それはすなわち、アーティストの制作プロセスを用いて事業開発を進めることで、企業のオリジン(≒歴史、哲学、価値観)を元に物事を再定義することで唯一無二のプロダクトを生み、イノベーションを起こすことである。

アートとは、オリジンという自分の固有の価値観・哲学の価値観を発見するところから始まる。これまでの日本のビジネスは経験則・標準化・効率化の中で、一般常識や数字が示す正解を元に進められてきた。しかし、IoTやAIなど技術がますます急速に進歩し、変化が加速していくこれからの時代は、個々人が自分で正解をつくっていくことが求められる。

いま、アートシンキングを通して多角的、立体的に事業やモノゴトを捉えてパラダイムシフトを起こし、一歩先の未来へ導く尾和氏にお話を伺った。

目次

しなければ(have to)から、やりたい(want to)へ

――企業にコンサルティングをするときは、どんなことをどういう流れで進めるのですか。
ワークショップ形式で、基本的には私がファシリテーターの立場になります。参加者の皆さんが書いたり貼ったりしゃべったりしてチームで進めていきます。課題は主に新規事業開発部門の場合だとアイデアが浮かばないとか、チームにいる人が自走できない、あとはチームビルディングや相互理解の文脈でも依頼を受けますね。アートシンキングは、その会社やその人にしかできない事業開発を歴史に残るものにすると謳っているので、自分たちにしかつくれないものをつくりたいけど、どうしたらいいのかという要望があった場合にオーダーをいただきます。目的が決まったら、半年間かけて実行していきます。じっくり8時間使うワークショップを、大体10~12回行います。ワークショップを実施しない周は、進捗確認のミーティングを設定します。
――自走性がないというときに、どうやって自走性をつけさせるのですか。
いつも「オリジンを起点にしましょう」と言っています。自分で選んだ会社に入って、その日休まずに通勤することも自分で選択している方しているにもかかわらず、オリジンがないと、他人ゴトになり、しなければ(have to)という感情が湧きやすい。でも、本来はそうじゃない。その会社に自分で選んで入っているし、その日出勤することも決めている。いま受けている仕事を断らないのも自分。すべて自分の選択で、本当は会社の仕事も全部自分ゴトなんですよね。自分で選んでいるから、やりたい(want to)という感情で取り組めるのがいいと思うんです。
自分のオリジンと会社のオリジンは、大企業の場合は創業者の生い立ちから紐解いていくことになるんですけど、会社のオリジンと重なるところを見つけると、会社が自分ゴト化するんです。自分ゴト化すると、どんどん進められるんですよね。それは自分のことだから、自分で答えをつくっていいし、設定していい。それを正解にしていくために、自分で作業を進めていく。企業の中の仕事では、上司が正解を持っているという感覚のある方もいらっしゃると思います。そう思うと、答え合わせをしていく作業だけになりますよね。そうではなく、正解は誰も持っていなくて、自分が出していくということを強く認識することが必要だと思います。
――逆に、「この仕事は自分に合わない」とはっきり見えてくることもあるのですか。
なくはないと思います。ワークショップでも「自分は新規事業開発部門じゃない」と気づいたような方はいらっしゃいました。その方は自分で事業のアイデアを出すというより、誰かが生んだアイデアを拡大させていくフォローに入るみたいな役割をやっていると思うんです。基本的には合うと思って入っているはずなので、よほどその人の人生観が変わるようなことがない限りは、クリティカルに合わないようなことはそんなにないと思います。どれだけ薄くても「自分ゴト化」できる接点は必ず見つけられると思っています。基本的にワークショップ形式で進めて、受け身になる人が出ないような人数や時間配分をしているので他人ゴトになることはありません。
――情報共有の定例会議のような場合でもワークショップ形式でできたりするのですか。
その会議がそもそもする必要があるのかを問います。アートシンキングは「そもそも」と考えて、本来どうあるべきなのかを再定義していくことが重要です。「再定義する」先にイノベーションがあると思うんです。たとえば、ここに水の入ったペットボトルがあります。鏡がない大昔だったら、水は唯一、自分の顔が見える道具だったりするかもしれない。ひょっとしたらペットボトルが手鏡に使えるかもしれない。そうやっていままでの一般常識や固定概念、先入観を全部外して、「これって本来どうあるべきなんだろう?」と自分の価値観でアップデートしていく。再定義していくと、本当に重要な要素だけが出てきて、新しい形に生まれ変わるんです。
情報共有も何のための情報共有なのか、本質的なところを整理していくことで、もっといろいろなやり方になるかもしれない。たとえば、チーム内でラジオをつくって「これ3分なんで、暇なときに聞いてください」と配信してみるとか。そうすると、逆に確保していた情報共有の1時間は、そこで見つけ出された課題の対策方法を実際に話し合う場に変化していったり、新しい案件に広げることができたり、ブレストの時間になったりと、本来使いたい時間がもっと増えるかもしれない。それが働きがい改革だと思います。

五感をフルに使って世界観を伝える

――ワークショップで交わされる言葉を具体的な絵にして、その絵を元に対話をされることを推奨していますが、これにはどんな狙いがあるのですか。
絵を元に対話するのは対話型アート鑑賞と言って、アートシンキングとまた別なんです。でも、ワークショップのプロセスのひとつに設けることがあります。たとえば、ワークショップで会社と新規事業開発部門の一人ひとりのオリジンが重なったところを言葉として抽出して、それをアーティストに絵として表現してもらいます。文字って認識が合っているようで合っていないことがいっぱいあるんです。同じ言葉を使っていても文脈(コンテキスト)が違うと話がまったく噛み合わなかったりする。
よくリンゴを例に挙げるんですけど、リンゴと聞いて何も思考せずに、目の前にあるものを一般常識で答えたらリンゴです。椎名林檎、キティちゃん、白雪姫がオリジンとか何も考えずに、目の前に出されたリンゴについて、これは何かと尋ねられたら、おそらくそのままリンゴと答えます。しかし、各自のオリジンに基づきリンゴを再定義すると、体重の単位や人を殺す道具といったリンゴの再定義ができます。この再定義こそが、常識を脱してイノベーションのタネを創出する行為です。いろいろな見方を立体的にしていくと、その世界観とか価値観がもっとわかりやすくなると思います。
――絵をベースにすると情報が多いのでそれぞれが抱くイメージに齟齬もなくなりますね。
そうです。これを一番うまくやっているのは宗教だったり、ディズニーやサンリオだったりするのだと思います。視覚・聴覚情報に加えて、触覚とか嗅覚とか味覚とかもハックしている。たとえば宗教なら最初に聖書があって、宗教画があって、教会があって、ステンドグラスがあって、牧師がいて、聖書を読んで、ロウソクが灯る。牧師さんが聖書を読むだけでは、聴覚情報のみになるため世界観は伝わらないかもしれない。でも、教会という、すっぽりその世界観の中に入って体験できる場所に入ると五感で感じることができ、どんなにバックグラウンドが違う人たちが集まっても何か伝わるんです。またこの「五感で」というのは、現代のキーワードだと思います。モノからコトからトキへと消費の質が移り変わっていく中で、場と自分、他者と自分との間に、インタラクティブで代替不可能な経験が生み出されます。
ディズニーランドもサンリオピューロランドもレゴランドもムーミン・バレーパークもテーマパークという五感で体験できる空間をつくっている。そうやって空間をつくることは、立体的な共通認識を持つことで齟齬を減らせるいい方法なんですよね。その理念で私も軽トラック自動車でモバイルハウスをつくったというのがあったんです。
ーー会議をワークショップ形式にするというのも、目も口も手も使って一見手間がかかるけど、よりスピーディで密な内容になるということですね。
少なくともミスコミュニケーションは減ると思います。だからこそ歌や絵本もあると思うし、言葉だけで伝わらないものをテンポや音階に載せて伝えるのが音楽。言葉だけだと伝わらないから、写真を入れてみたりするのが絵本だったり本だったりする。みんなそうやって工夫して、パワーポイントで資料をつくってスライドを見せながら話す。パワポを作らないでメモ帳をさっと渡してもいいけど、それじゃ伝わらないから、写真やイメージ画を添えたりグラフを入れたりと、何か絵をつくるんです。
より立体的に理解してもらうための工夫は、そうやって自然にやっているものなんですけど、それをもっとダイナミックにやるのがアートの領域です。アーティストは自分自身のオリジンを理解するためにいろいろなアウトプットをつくりながら理解しているので心技体が伴っているんです。ワクワク感を使ったり、実際に手を動かす中で自分の思考回路を整理したり、思考のクセをまた見つけたりとか、そういうことが行われるのがアートのプロセスなのかなと思います。

アートシンキングを実践するモバイルハウス

――先ほど出てきた、五感で伝えるための空間としてつくられたというご自身のモバイルハウスですが、ワークショップをしたり、話し合ったり、アイデアを出したりと、何かを進める場合、環境としてどんな影響がありますか。
教会の例じゃないですけど、アートシンキングって1年前は、99.9%の人に理解してもらえませんでした。概念を説明しても抽象的すぎて一般の人にわかりづらい言葉ばかり使っていた。私の使っていた言葉も、いまよりはるかに抽象度が高かったという理由もあるんですけど、言葉で理解してもらえないなら体験してもらおうということでつくったんです。言葉でダメだったら体感してもらうために一番強いのが空間だと思ったのでモバイルハウスをつくったというのが経緯です。
理想は開放感があるということで、視覚的なところだと窓が大きくて、天井の高さが高いというのがあると思います。ただまだ「これがあったらいいな」って思うのはいくつかあって、ひとつは床も壁もすべて使える全面ホワイトボード。寝転がりながら相談できるみたいな制約が一切ない環境ですね。ホワイトボードが壁にあるのは常識的じゃないですか。それが床になるのもいいなって思いました。
あとは布団会議。あるとき、仲のいい友達とバンコクに行ったんです。そこで泊まったホテルがクイーンズベッドで2人で寝るみたいな感じだったんです。もともとシェアハウスに住んでいた子で、お互いによく知る仲だから気楽な関係なんですけど、ごろごろ昼寝をしながら話していたら、話がどんどん聞けたりして、決めなきゃいけないことが意外とはかどった感覚があったんです。これをやってみたらいいんじゃないかなと思って、先輩の起業家の人にアドバイスもらうときに、一度家で布団を敷いて、「ちょっと今日これ試してみたい」と言って、キングサイズの大きな掛け布団を敷いて話してみたんです。すると心のバリアを取っ払ったり、常識を取っ払ったりできた。そういう環境設計の会議室があったら、もっとはかどるし、個々人のバリューが出やすくなるんじゃないかなって思いますね。パラダイムシフターとして、会議の再定義もどんどん行い、クライアントさまにwow!といってもらえる時間や感動を提供していきたいと思います。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

尾和 恵美加(おわ えみか)株式会社Bulldozer
アートファーム 株式会社Bulldozer代表取締役運転手/パラダイムシフター。新卒で日本IBMにコンサルタントとして入社。エアライン、物流業界をはじめとした複数業界における働き方改革案件に多数参画。デザインシンキングを活用したデリバリーを行う。定量的でロジカルな考え方で到達できる解に限界を感じ、クリエイティビティの可能性を求め、英セントマーチンの流れを汲むファッションデザインスクールcoconogaccoへ入学。その後、デンマークのビジネススクールKaospilotへにて、自身の好奇心を起点としたビジネス創出を学ぶ。ロジカルとクリエイティブのハイブリットな思考法として、オリジンベースド・アートシンキングを開発し、帰国後にBulldozerを設立。

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