「日本一のマグロ漁船」に学ぶ会議のコミュニケーション【スマート会議術第22回】

「日本一のマグロ漁船」に学ぶ会議のコミュニケーション【スマート会議術第22回】株式会社ネクストスタンダード 代表取締役社長 齊藤 正明氏

株式会社ネクストスタンダード代表・齊藤正明氏は、会社員時代に上司命令で「マグロ漁船」に乗船。そこで目の当たりにしたのは、過酷な状況の中でも明るく前向きに仕事に取り組む漁師たちの姿だった。

その後、船内で学んだ彼らの仕事観を伝えるべく起業し、研究者から人材コンサルタントに転身。そのユニークな出で立ちからは想像のつかない理路整然とした弁舌で、数多くの企業の経営をサポートしてきた。

企業向けに数々のコミュニケーションセミナーやコンサルティング研修を行う齊藤氏。今回は、会社の成長を促すセミナーのノウハウを伺った。

目次

仲間たちの「できるところ」を見る

――ご自身のセミナーを2つのカテゴリーに分けていますが、どんな内容ですか。
1つは「コミュニケーション」、もう1つはストレスを力に変える「ストレス耐生強化」ですね。「コミュニケーション」は、リーダーシップや上司と部下のコミュニケーション方法や会議でのシチュエーションなど、さらに細かく分けています。
――「ストレス耐生強化」は、マグロ漁船の体験とどのような関係があるのですか。
マグロ漁船はスマートフォンも使えない非常に過酷な環境で成果を上げなくてはいけません。若手の人だったら、絶対行きたくないような場所です。私自身、行かされるとわかったときには「人生終わった」と思ったくらいですしね(笑)。しかし、そんな漁船でも彼らは楽しく働きながら成果を上げている、そのコツを話しています。
――漁師さんたちは、仕事をするうえで、何か違う特徴があるのですか。
彼らは漁船に乗っている仲間たちの「できるところ」を見るんです。多くの会社では、つい相手の「できていないところ」を見てしまいがちです。「あいつはここができていない、あれができない」と。すると言われた人は気持ちが萎えて、やる気をなくしてしまいます。
漁船の人たちは、たとえば時間通りに来る電車に対しても「ありがとう」と感じる人たちだと思います。電車って、何か1つでも要素が欠けると時間通りに動かないですよね。そこで「今日も時間通り電車が来るのは、この状況をつくってくれる人たちのおかげだ」と捉えられる人たちなんです。
――マグロ漁船は、上下関係が厳しいイメージもありますが。
全国に約500隻あるので、船によるでしょうね。私が乗せられた船は、今お話したような雰囲気で「日本一の船」と呼ばれるほどの成果を上げていました。ただ、ライバル船の中には怒鳴ってばかりの船長もいるようで、一概には言えません。でも、怒鳴っている人も、おそらく船員同士、心の底では信頼で結ばれていると思います。「全員無事で、いっぱいマグロをとる」という目的は同じですから。
これは、一番成績が良かったという理由もつながっていると思います。互いの信頼感がないと、マグロ漁でも会議でも「がんばろう!」というモチベーションにつながりません。ですから成果を上げるためには、いかに互いへの信頼をもつかがもっとも大事だと考えています。
そこで普段から仲間の「できるところ」を見る習慣をつけていかないと、人びとの「改善しよう」「がんばろう」という意識が薄まって、人間関係が悪くなってしまうのではないでしょうか。

自分なりの答えを探す、「正解の幅」を広げるための研修

――セミナーをやる際に心がけていることはありますか。
まず、あまり堅苦しい雰囲気にせず、若い方でも参加しやすい雰囲気を心がけています。そして、「これが唯一の正解です」という言い方をしないようにしています。成績が同じくらい良いマグロ漁船でも、船ごとに船長の性格はまったく違います。それに100万円以上するエルメスのバーキンも100円ショップの袋も「売れている」という視点では、どちらも成功していますので、ビジネスの成功は1つではありませんから。
――セミナーには「明確な回答が欲しい」という人も多いのでは?
それはたいていの講師がやっていますので、私はやらなくてもいいと思っています。むしろ私の役割は「正解の幅」を広げること。今まで「正解は1つしかない」と思っていた人に、「正解はこの中にいくつもあって、自分がやりやすいものを選んでいい」と、自分で正解を探してもらうスタンスでやっています。
――セミナーを聴いた人からは、どんな反応がありますか?
もちろん人によって違うのですが、「自分の常識の幅について初めて考えた」「幅が広がった」という声は多いです。これは狙い通りではありますね。
セミナーの参加者には建設業や製造業の経営者が多いのですが、マグロ漁船での経験と共通点が多いからだと思います。建設業も同じメンバーで朝から夕方まで一緒に働いて、ケガをする可能性が高い仕事です。事故を起こさないために、仲間同士で助け合う勉強としてセミナーに参加してくださるようです。
――経営陣の方と話して、研修後の変化はありますか?
研修ではPDCAの回し方や、細かな数字の見方もレクチャーします。たとえば「売上向上の指標を3つ決めて観察しましょう」と伝えます。そうすることで、これまで売上しか計測していなかった方も、リピーター数や問い合わせ件数など細かな指標も見るようになり、研修の成果に納得してくれます。
指標の決め方も、社員さんに対して「どの指標を決めれば一番売上に直結すると思いますか?」と尋ねて、「これを指標にして1週間がんばってみて、また様子を見ましょう」と話します。こうした研修を1カ月に1回程度行います。
1回だけで完結する場合は、マグロ漁船の話をリーダーシップやコミュニケーションに絡めた、比較的一般論的な話をします。年間契約の場合は経営コンサルタントのように、その企業に沿った研修をしていきます。
セミナーに参加してくださる方の反応を見つつ、理想的な方法を日々模索しています。あまり自分で「これをやりたい、あれをやりたい」と主張しすぎると、お客さまの感じていることがわからなくなってしまうと思います。ちゃんと目と耳で受信して、相手の反応がいいほうをより追求していくというスタンスですね。

「仕事=面白い」に変えるコミュニケーションを

――会議以外でのコミュニケーションにおいて、一番の課題は何ですか。
やはり多くのことが「やって当たり前」になってしまうことです。製造業であれば「不良品をつくらないで当たり前」とか「発注書は間違えなくて当たり前」と思ってしまいがちですが、製品がちゃんとできるのは全員がすごく努力してくれているからです。
「やって当たり前」「できないと怒られる」という両極端な環境では、やる気が削がれる「無理ゲー」状態になってしまいます。ゲームを楽しめるのは、進歩や成長を実感できるから。たとえ倒されたとしても、むしろたまに倒される適度な難易度が必要だと思います。そこで「無理ゲー」の部分だけを減らそうとすると、社会全体が衰退してしまうんです。
――今、働き方改革が叫ばれています。これについてはどんな考えですか。
一番目指すところであり、一番遠い目標ですが、働くことが楽しいと思える社会をつくっていけたらと思います。今は「働く=つらい、苦しい」と思いがちですが、多くの人が仕事をゲームと同じくらい面白いと感じられるようにしたいです。
私は、働くことを楽しめないと仕事の質も上がらないと思っています。「残業を減らすために、仕事量を減らそう」と実践しても、成長を続ける諸外国と比べると日本の国力は落ちる一方です。同一賃金や同一労働という視点は大事だとは思いますが、負担を減らすことのみに注力すると、それだけ経費を圧迫して会社の利益が減ってしまう。ですから、まずは「仕事が面白い」という前提のもと、サービスや商品の質が上がっていくという流れにもっていくべきだと考えます。
会社側としても、採用時には仕事の面白さよりも、福利厚生をアピールする企業が増えたというニュースも聞きます。それより、仕事そのものを楽しくどうやっていくかという工夫が重要だと思いますし、そのとき、会議はとても重要な役割を担うと思います。

文・鈴木涼太
写真・佐坂和也

齊藤 正明(さいとう まさあき)株式会社ネクストスタンダード
2000年、北里大学水産学部卒業。バイオ系企業の研究部門に配属され、マグロ船に乗ったのを機に漁師たちの姿に感銘を受ける。2007年に退職し、人材育成の研修を行うネクストスタンダードを設立。2010年、著書 『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』が、「ビジネス書大賞 2010」で7位を受賞。2011年TSUTAYAが主催する『第2回講師オーディション』でグランプリを受賞。年200回以上の講演をこなす。主な著書に『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』(ダイヤモンド社)、『仕事は流されればうまくいく』(主婦の友社)、 『マグロ船で学んだ「ダメ」な自分の活かし方』(学研パブリッシング)、『自己啓発は私を啓発しない』(マイナビ新書)、『そうか!「会議」 はこうすればよかったんだ』(マイナビ新書)、『海の男のストレスマネジメント』(角川フォレスタ)など多数。

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