エモいプレゼンで人を動かす【スマート会議術第93回】

エモいプレゼンで人を動かす【スマート会議術第93回】すごいプレゼン代表 松永 俊彦 氏

ビジネスのコミュニケーションでは、ロジカルであることが求められる。一方で、理屈だけで相手を説得することができないのも事実だ。どんなに論理的に正しくても相手が納得して動いてくれるとは限らない。

プレゼンテーションとは、相手に行動をしてもらうために行うものだ。それには、理屈よりもむしろ聞き手の感情に訴えるエモーショナルなアプローチのほうが効果的なことが多い。

「授業中に学習のスキルなんて教えたことはありません。50分のうち45分は生徒のモチベーションを上げるために時間を使いました」

かつて塾教師として多くの成績優秀者を輩出してきた松永俊彦氏は言う。松永氏は現在、塾教師から営業コンサルタントに転身、人材育成やプレゼンテーション能力の開発に尽力している。松永氏の著書タイトルにもなっている『エモいプレゼン』とは何か。どんなプレゼンをすれば、人を動かすことができるのか。そのメソッドと信念についてお話をうかがった。

目次

プレゼンが求められる2つの理由

――今日、プレゼン能力が重要視されているのはなぜだと考えますか。
まず背景としてAIの進化があります。今後さらに人間の働き方や仕事に対するAIの介在の仕方が変わっていくと思います。現時点でもすでにAIのほうが、人間よりも論理的思考力や過去の統計データをもって未来を予測する力は優れているという状況があります。ここからよーいドン!で勝負したときに、「AIに勝てますか?」と言うと、正直しんどいでしょう。
そうなったときに、人間に残された領域は2つあるのではないかと考えています。1点目が創造性です。これは決してなくならないと思っています。閃きやアイデアなどはまさにそうでしょう。AIはいきなり閃かない。ロジックの延長線上でしか答えが出てきませんから。閃きの価値というのはなくならないだろうというのがひとつ。
2点目が情動的コミュニケーション。これはおそらく、プレゼンが求められる背景にマッチしてくると思います。ロジカルに「データを見るとこうです」と伝えるのであればAIのほうが得意です。
意思決定に人が絡むこと自体は、今後もなくならないという前提に立つと、人を動かすのは、それを伝えた人の思いであったり、考え方であったり、話し手に対する「すごいなあ、良いなあ」という思いだったりします。感情がまず最初にあって、それを肉づけするカタチでロジックが成立し、意思決定するという順番になってきますから。
もちろんロジカルなものが不要ということではありません。ただ、背中を押すとか、肩を叩くとか、励ますという、情動的なコミュニケーションは決してなくならない。むしろ、今後ますます加速度的に必要になってくると考えています。プレゼンが重要視される背景にはそういったことがあると思います。
――著書の『エモいプレゼン』は、情動的なコミュニケーションが前提にあってのタイトルなんですね。
そうです。人を動かすためにはどうしても“思いの力”というのが必要不可欠です。たとえば私は塾教師をしていましたが、爆発的な成果を伸ばした生徒に対して、何かすごい受験テクニックを授けたわけではありません。授業は50分のうち45分は動機づけの話をします。エッセンス自体は残りの5分でいいんです。それで、加速度的に伸びるんです。
情動的に本人のモチベーションを焚きつけている状態に時間を割いているのです。たとえば、本人がネガティブに「なんで勉強しなきゃならないの?」と思っているときに「良い高校、良い大学に行くためだから絶対に勉強はやらなきゃならないよ。みんなやっているよ」と言ったところで絶対にやらないです。
自ら進んで勉強するような仕組みや、本人の心理状態をつくるのが、情動的なコミュニケーションです。「エモい」というのは、世の中を動かしていくときの人間ならではの強みであり、パワフルな要素です。この要素を分解してお伝えしてみようかなと思ったのが書籍の狙いでした。

大人が楽しく仕事をしていない

――塾でやられていた動機づけはビジネスにも適用できるものですか。
「そのままイコールか?」と言うと、答えはNOです。ただ、「抽象度を上げると非常に近しい領域がたくさんあります」というのが回答になるかと思います。
たとえば、生徒に主体的に勉強を取り組ませるためには、プレゼンと非常に近しいものが必要です。プレゼンの基本的な目的は、相手に心の変化を起こして何か行動をしてもらうということ。これは営業でもそうですし、社内の稟議を通す、予算を取ることでもまったく同じです。いいねと思うとか、やりたいって思うとか。これはすごく近いです。
ファシリテーションも塾の授業とすごく近いですね。「今日の会議、結局何だったの?」と、あとで振り返ってみるとまったく違う話が走っている会議ってよく見られると思うんです。ファシリテーションによって達成したい、伝えたい、クリアにしていきたい課題をブラさないようにするという取り組みは、授業の進行と本質的な部分はすごく近いと思います。
――塾教師から営業コンサルタントになったきっかけは何だったのですか。
塾教師は大好きでやっていたんですけど、あるときに生徒から「大人になりたくない」と相談を受けたことがあるんです。「何のために勉強しているかわからない」と。
「そうだな。ただ、いま○○君は行きたい高校があって、頑張っているんだから、まずは良い高校へ行って、良い大学に行ったらそれだけ選択肢が広がるから。まず、いまという瞬間を頑張るのが良いんじゃないの?」なんて話をちょっとしたんです。
そうしたら、彼のお父さんが有名大学を卒業し、商社にお勤めになっていて給料もすごくいい。ただ、ものすごくつまらなそうであるという話をしてきたんです。「家にいるお父さんを見て魅力を感じないし、仮にいま自分が必死で頑張った結果、ああなるのであれば、僕は頑張ろうという気になれないです」と言ったんです。このときに、それは確かに一理あるなと。
たとえば私が生徒に「誰にでも胸を張って語ることができる、自分だけの人生のドラマを創ろうよ」と焚きつけた瞬間はすごくモチベートされるんです。でも、家に帰るとまたモチベーションが弱くなってしまう。この循環の中で、「大人が魅力的」という歯車がないと結構厳しいと思ったんです。それで、まずは子どもが「ああなりたいな」と思う大人を増やすほうに軸足を置いて、そこからサイクルを回していきたいと思ったんです。
すごく楽しく、イキイキと働いている大人が増えたら、良い循環が生まれるのかなと思ったのが、職業のシフトチェンジのきっかけです。大人が楽しそうだったら子どもは「早く大人になりたい、勉強しなきゃとか、もっと新しいことを学びたいとなるはずじゃないですか。

問題意識がなければ何も前に進まない

――上手くいっていない会議が抱える課題は何だと考えますか。
そもそも課題特定ができていないのが、会議の主たる課題だと思います。会議にはいろいろな種類がありますが、その中でもコアになる会議は意思決定の会議だと考えています。何かがその場で意思決定されて、前に進んでいくような。このときに、そもそも何が事業上の課題なのかということが特定できていないと、今後どうしていけばいいのかという議論はできない。にも関わらず、課題を絞り切っていない状態で会議というカタチだけが設定されるケースが散見されます。
たとえば営業会議だとしたら、「営業会議をやります。ここまでの皆さんの動きを共有してください」というテーマで会議が始まり、3時間ぐらい各人が共有する。「こんなことをやったら上手くいかなかった、こんなことをやったら良かった」「わかりました、ではこれからも全力で頑張っていきましょう」という感じで終わっていく。これだと課題も特定できていないし、今後の施策も決まっていないです。これからどうしていいのかわからないですよね。
問題解決にあたって最初に必要となる、課題特定ができていない会社がすごく多いということです。
――なぜそうなってしまうのですか。
ひとつは組織の問題だと思います。「頑張っても頑張らなくても結果は同じ」という状況があったと仮定します。そうした場合、別に問題を解決しようが結果は変わらない。給料が増えるわけでも、昇進するわけでもなければ、動かなくても成り立ってしまう。それよりも、社内政治のほうが評価され重要視される。これでは問題意識を持って物事を前進させていくという思いをもった社員が育つことは難しいでしょう。
あと、個人の問題。分析思考とか論理的思考、物事を構造的にとらえる力が欠落しているのが大きいと思います。やる気はあるが、やり方がわからないというケース。全体像の中のどこがボトルネックになっているか切り分けて考える力、課題箇所を特定する力が弱いと考えています。
――それは会社の社員教育の問題でしょうか。
トップから動機づけをしなければ回らない組織だとしたら、プロフェッショナルとしての意識が非常に弱いと言わざるを得ません。まずは現場からです。現場が動かないことには、いくらトップが素晴らしい戦略を立てたところで、動かすのはやはり現場ですから。

人を動かす3つのS

――現場を変えていくためどうすればよいですか。
動かない人を動かしていくためには、伝え方が重要であり、その際「3つのS」が必要であると伝えています。
1つ目が「Simple(シンプル)」のS。2つ目が「Story(ストーリー)」のS。3つ目が「Surprise(サプライズ)」のS。これらの頭文字の3つのSです。プレゼンテーションにはこの3つがないと、人の心や行動は変えられないという話です。
まずシンプルですが、伝えたいメッセージがシンプルに集約されているかどうか。誰に対して何を伝えて、結果どうなってほしいかを自分の中でシンプルに整理できているか。社内のプレゼンを見ていると、いったい何を言いたいかわからないプレゼンが非常に多いです。
それらしきことを、すごく長い時間話をしているけど、特に何も伝わってこない。これが人を動かすことができないプレゼンの典型です。シンプルにメッセージが集約できていないのです。
2つ目がストーリー。言っていることは正しくても、ストーリーがないと感情を動かすことはなかなか難しいです。
社内の会議であれば、なぜ自分がこれを課題と考えているのか、クリアにすることでどんな世界をつくり上げていきたいのか。そのストーリーを語ることは、本人の熱意の見せどころでもあります。伝えたいメッセージを的確なストーリーに乗せて語ることができているか。これが2つ目の重要な点だと考えています。
3つ目にサプライズです。驚きのない提案だとまったく動けないです。「前もそういうのがあったね」「確かにその通りだね」で終わってしまう。予定調和で感動を与えることができないので、相手も意思決定ができない。
営業でよく見られますが、自分のサービスや商材を一生懸命説明すればするほど、「営業だから売りたいんだろうな、騙されないようにしよう」と思われてしまう。これがたとえば、まったく自社製品を売ろうとしない、相手の困ったことを本気で解決しようというスタンスの営業だと話がガラッと変わるんです。これは予定調和を崩すサプライズのひとつです。「営業なのに、売ろうとしない」というサプライズがあると営業が敵ではなく、味方になる。この関係性の違いはとてもパワフルです。 

ストーリーで未来を見せる

――ストーリーと言っても、ただ面白い話をすればいいというわけではありませんよね。
独りよがりなストーリーを語っても誰もついてこない。「ああそうですか」となりますよね。「これがあなたにとってどういう意味があるのか」という、聞き手の目線で同調できるかどうかがすごく重要なものになっていきます。
「このメッセージを実行することによって、あなた自身がどうなるのか」という未来を見せるストーリーのつくり方があります。営業的には「相手のベネフィットを伝える」という言い方になります。何か商材を売るときに、その商材が安いとか、こういうクオリティであるとか、そういう詳細の話はぶっちゃけどうでもいい。実際にそれを使うと、買い手の生活がどう変わるのか、何にワクワクするのかという買い手の視点が肝心なのです。相手が感情移入しやすい、相手の目線から見たときのストーリーです。未来を見せてあげる。それがストーリーの本質だと思います。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

松永 俊彦(まつなが としひこ)すごいプレゼン
すごいプレゼン代表。プレゼンコーチ。塾教師として入社初年度から生徒支持率95%以上という驚異的な成績を誇り、多くの生徒を地域トップ高校をはじめとする難関校合格へと導いた。学力だけにとどまることなく人間力を成長させる指導は生徒、保護者から絶大な支持を得た。その後、教師育成だけにとどまらず、ビジネス領域の一般企業研修、営業指導領域でもHPPMの効果を実証し、セミナーや研修を通じて世の中に輩出したプレゼン生徒数は500名を超える。著書に『感動させて→行動させる エモいプレゼン』(すばる舎)がある。
https://sugoi-presen.com/

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