
残業の削減以外に、どのような導入効果があるのだろうか? 今回は、「オフィスBGM」の導入事例や、AI(人工知能)などとの融合による今後の可能性について、同社の田中良明氏にお聞きした。
目次
フリーアドレスなどに、「オフィスBGM」をプラスして効果アップ

- ――前回、「オフィスBGM」のさまざまな効果について教えていただきましたが、実際にどのような導入事例がありますか?
- JR九州建設工事部のケースでは、社内のコミュニケーションを活性化させたいというご依頼をいただきました。
従業員同士のコミュニケーションを生み出すために、個々の席を固定せずに自由な席で働ける“フリーアドレス”などは、すでに導入していらっしゃいました。しかし、「業務にのめり込むと、いつの間にかオフィスが静まり返っている」という課題を、「オフィスBGM」で解決したいというお話でした。
そこで、当社の「オフィスBGM」をご導入いただいて、2ヵ月後に社員アンケートを取ったところ、全76名中67名の方が「導入に賛成」という結果が出ました。
- ――約9割の方がBGMのある空間に好感を持ったというのは、とても高い割合ですね。
- そうですね。同社の事業は「人々が利用する公共交通機関を取り扱う」という責任が大きい仕事なため、以前は「みんな真面目に仕事をしているから、話したり笑ったりしたらダメかな」という雰囲気があり、少し静かな職場だったようです。
しかし、「オフィスBGM」の導入によって、社員同士の会話や笑顔が増えて、社内の雰囲気が賑やかになって、かなり明るくなったということです。「ストレス緩和や集中力アップにもつながったと感じる」といった声もいただいています。
JR九州建設工事部 | 導入事例 | 「Sound Design for OFFICE」公式サイト
- ――フリーアドレス化など、オフィスのレイアウト変更自体にも労働環境を改善する効果がありますが、「オフィスBGM」をプラスすることで効果がより高まるのですね。
- オフィスのリニューアル後によくご相談いただくのが、「オフィス内にラウンジなどのスペースを設けて、従業員同士の横のつながりをつくろうとしたが、静かすぎて声が反響するので喋りづらい。オシャレな空間だが、居づらい雰囲気になって誰も寄りつかない」という課題です。
そこにBGMを流したことで、当初の目的通りにそのスペースを活かすことができて、コミュニケーションも活性化したという成功事例も数多くあります。
三井ホームでは、残業時間を33%削減
- ――「三井ホームが御社の『オフィスBGM』を導入して、残業時間が削減された」というニュースを、以前見たことがあります。それは、どのような効果があったのですか?
- 同社は課ごとに終礼を行っているのですが、「仕事に集中していて、気がつくと終業時間を過ぎてしまって、終礼開始も遅くなって残業時間が増える」という課題がありました。
その状況を解決するために、終業時間に映画「ロッキー」のテーマ曲を繰り返すチャンネルを流したところ、残業時間が概ね33%削減されました。
当初は、「ロッキー」のテーマ曲には、士気高揚の効果を想定していました。しかし、非常に特徴的な楽曲なので、繰り返し聴くことで“時間管理”にも効果が発揮されたという事例です。
- ――前回、「帰宅を促す」オリジナル楽曲を制作されたというお話がありましたが、既存の曲でも効果があるのですね。
- そうですね。ほかには、定番の「別れのワルツ(=蛍の光)」を繰り返し流すチャンネルなどもあります。
また、日中にBGMが流れているオフィス環境では、終業時間などのタイミングでBGMをOFFにすることで、あえて居心地の悪い空間を作り、退社を促すような運用をしているケースもあります。
また、残業抑止のためのコンテンツとして、声優さんを起用しているオリジナルチャンネルもあります。
アニメ「タッチ」の“浅倉南”役などで知られる日高のり子さんや、「サザエさん」の“穴子さん”役などを務める若本規夫さんが「ノー残業デー」や終業時間を知らせるもので、これらのチャンネルを活用していらっしゃる企業も多いですね。

若手の離職を防ぐための、老舗企業の取り組み例
- ――残業時間を削減できれば、労働環境の改善はもちろん、離職防止にもつながるのではないでしょうか。
- おっしゃる通りです。これは現在も効果検証を継続中のケースですが、創業100年以上の老舗企業が、若手社員の離職防止のために「オフィスBGM」を導入されています。
この企業は、社員数30名ほどで、30代前半~60代が中心で年齢層が高いのですが、20代の女性が事務職として中途入社されました。「若手が入社してくれたから、大切に育てよう」と努めていらっしゃったのですが、入社3ヵ月でその方が辞めてしまいました。
退職理由は、「オフィスが静かすぎて、そこにいるだけですごくストレスを感じていた」「既存社員と年齢が離れているので、雑談などのコミュニケーションができる関係性を築ける前に、メンタル的にどんどん落ち込んでしまって苦しかった」というものでした。
- ――転職してきた方にとっては、“音”がない空間がつらかったのですね。
- 長年勤務している社員の方々は、その環境に違和感を持っていなかったのですが、退職理由を聞いて初めて「うちの会社は静かすぎて、喋りづらいんだ」と気づいたそうです。
そして、「次に人材を採用するときに、同じことを繰り返すのはよくない」と考えて、5階建ての自社ビルの全フロアに「オフィスBGM」を導入されました。
- ――そのようなケースの場合、御社としてはどのような「オフィスBGM」の効果が出るとお考えですか?
- まず、「音楽があることによって、コミュニケーションの満足度が上がる」という検証データに基づいて、今回のような退職の原因を改善できると考えています。
また、前回にエビデンスをご紹介したように、不安やうつなどメンタルヘルス面での効果も期待できます。それによって心理的安全性も高めることで、離職率の低減につながります。
ほかにも、シンプルに「音楽が流れていることで、オフィスの雰囲気が明るくなる」という効果もあります。
- ――BGMを導入することに対して、年齢が高い方々は違和感を持っていらっしゃいませんか。
- その点は私たちも懸念していて、「長年の歴史や伝統がある老舗企業で、数十年勤務している方々からマイナス評価があるのではないか」と危惧していました。
しかし、ご導入いただいてから約半年が経ちますが、全フロアで継続的にBGMを流していらっしゃいますし、新たにスピーカーを増やしたいというご要望もいただいています。「BGMがある空間が当たり前になった」という方もいらっしゃるので、かなり馴染んでいらっしゃるようです。
このように、現在いる従業員のためだけでなく、“次の世代”のためにオフィス環境を整備しておくことは、非常に重要なポイントだと思います。

“聴覚”だからこそ解決できる企業課題がある
- ――ほかにも代表的な事例があれば教えてください。
- コロナ禍以降、人間関係が希薄になりがちななかで、「BGMによるコミュニケーションの活性化」で従業員満足度や従業員エンゲージメントが向上したという効果事例があります。
また、音漏れを防ぐマスキング効果があるBGMについては、通常のオフィスや会議室以外の、弁護士事務所やカウンター業務など、ほかの方の相談内容が聞こえてはいけないような空間でも活用されています。
そして、オフィス空間だけでなく、工場などでも従業員エンゲージメントや生産性向上のために導入される企業様も増えています。
- ――一般的なオフィスでの効果以外に、工場ならではの導入効果はありますか?
- 例えば、長時間にわたって同じ作業を繰り返す仕事の場合、作業を止められないため、「働く空間の見た目を変える」といった視覚面で働きやすい環境をつくることはあまり効果的ではありません。
一方で、聴覚に作用するBGMは作業の妨げになりにくく、リラックス効果や集中力アップ、生産性向上などの効果が期待できます。快適な空間で働いていただくことで従業員満足度や従業員エンゲージメントを上げるためにも、音楽は大きな要素の1つです。
ちなみに、働いている方の好みにもよりますが、工場で人気があるのはJ-POPです。
- ――そのような好みなども踏まえて「オフィスBGM」の導入や選曲をする際、どのような方が中心になって行えばよいですか。
- 当社のお客様の場合、総務セクションの方が担当されることが多いですね。また、働き方改革に関するプロジェクトチームなどがある企業様は、そういったチームの方々が担当されていらっしゃいます。
- ――BGMのプロである御社では、どのような「オフィスBGM」を流しているのですか?
- 特定の音楽ではなく、さまざまなジャンルのBGMをかけていて、数週間ごとにチャンネルやプログラムを変えています。「あっ、BGMを変えたんだ」という気づきもあって、そういう楽しさもあります。また、社員が好きな曲をリクエストすることも可能です。
- ――御社のエントランスに入ったときに、BGMの音量が大きめだなと感じました。音量もBGMの重要なポイントでしょうか。
- そうですね。エントランスは来客エリアになるので、BGMがよく聴こえるように音量を少し上げています。また、エリア全体にBGMを流すことで、打ち合わせなどの会話が周囲に音漏れするのを防ぐためにも効果的です。それに比べると、執務エリアでは音量を控えめにしています。

AIや“五感”とBGMの相乗効果で、より働きやすいオフィス環境を
- ――御社は「オフィスBGM」以外にも、AIに関する事業も行っていらっしゃいますが、BGMとAIの関連性について教えてください。
- 現在、AIをBGMに活用する2つの機能を開発・提供しています。1つめは、タブレットなどの端末でオフィス内の男女比率やその空間の雰囲気、かけたい音楽のジャンルなどを事前入力することで、AIが最適な音楽を流してくれる機能です。時間帯でのテンポ設定や音の効果でのチューニングも行えます。
2つめは主に店舗向けとして開発されたもので、AIカメラを使って、その時々の状況に応じたBGMを自動で流す機能です。
店舗の場合はお客様の層が常に決まっているわけではないので、AIカメラでリアルタイムに店内を撮影しながら、来客の男女比率や年齢層に加えて、時間帯や天気などをすべて加味してAIが選曲した最適なBGMを流します。
- ――その機能も、オフィスで活用できそうですね。
- はい。オフィスで働いている人たちや周囲の環境に応じて、莫大な楽曲やチャンネルからその瞬間に最適なものを選べるので、人間では対応できないような「オフィスBGM」のアレンジが可能です。
こういった最新のテクノロジーも取り入れながら、音楽の力で働く方々の環境や満足度を上げるサポートや企業支援を行っていきたいと考えています。
- ――前回、「オフィスBGM」事業を始めた背景として「オフィスに音楽を提供することで、社会的貢献がしたい」という想いがあったと伺いました。今後、事業を進めていくなかで、実現したいことなどがあれば教えてください。
- 私たちUSEN&U-NEXT GROUPは、“有線放送”という、当時はまだ存在しなかったサブスクリプション・サービスで創業しました。そして、そこから派生した「オフィスBGM」も、すでに10年以上の歴史を積み重ねてきています。
そのなかで培ってきた「聴く」という聴覚はもちろん、さらに人間の五感すべてにも関わるソリューション・サービスをつくって、多様な人たちの働く空間や時間、そして“働く”ということが豊かになる社会を実現することが、私たちの願いであり、ミッションです。
そのために、私たちは嗅覚に作用するフレグランス(香料)や、視覚的にリラックス効果がある観葉植物やデジタルサイネージ(電子看板)などに関する事業も行っています。「オフィスBGM」とそれらを掛け合わせることで、より働きやすいオフィス環境をつくることが可能です。
「オフィスBGM」には、ここまでお話ししてきたように“心身両面”で多くの効果をもたらして、企業の課題を解決できる力があります。しかも、簡単・手頃に導入することが可能です。この力やメリットを、ぜひ自社や従業員の方々のために有効活用していただければと思います。

文・あつしな・るせ
写真・大井成義

- 田中 良明(たなか よしあき)
- 大学を卒業後、2012年に株式会社USENに入社。営業職を経て、ICT事業部のオフィスサウンドデザイン部に異動。 2018年には株式会社USEN ICT Solutionsに転籍し、2022年にはサウンドデザイン事業部の営業課長に就任。 2024年9月からは株式会社USEN WORK WELLのWORK WELL事業部の営業部 東日本営業課長として、顧客価値の向上に努めている。