面倒くさいことをやめたら何も伝えられなくなる。【スマート会議術第74回】

面倒くさいことをやめたら何も伝えられなくなる。【スマート会議術第74回】プレゼンテーションクリエイター/書家 前田 鎌利 氏

働き方改革法が順次実施されることが決まった令和元年。前田鎌利氏は、現在多くの企業で会議やプレゼンを通じて働き方改革の支援を行うプレゼンテーションクリエイターだ。

ソフトバンクに勤務していた頃、多くの事業提案において孫正義氏のプレゼン資料作成を担当。その経験を生かし、2013年にソフトバンクを退社。2016年、株式会社固(かたまり)を設立し、さまざまな企業にプレゼン・会議の企業研修・講演を行う。一方で、書家として全国10校700名を超える書道塾も経営する。

この4月には『プレゼン資料のデザイン図鑑』を上梓。資料のデザインはプレゼンにおいてどんな位置づけなのか。プレゼン資料はどんな点に注力して作成すべきなのか。あるいは注力すべきではないのか。あえて「面倒くさいことをすべき」と提言する前田鎌利氏に、プレゼン資料の作成術についてお話を伺った。

目次

会議の見直しは働き方改革にとって最も手がつけやすい

――4月から働き方改革法が順次実施されることになりました。これを受けて何か聞こえてくる声はありますか。
結構あります。会議術の講演も最近増えてきていますね。「何とかしなきゃ」とみんな思っていらっしゃいます。その中で会議って手をつけやすいんです。会議の時間を削るというのがわかりやすいのと、削ることでどれくらいの時間が浮くのかもすぐ計算できる。可視化、定量化しやすい。だから働き方改革というと、「会議を変えましょう」という話が出てきやすいですね。
ただ、会議を変えたことによって会社が本質的にどう変わるかという思考がないまま、ただ短くしようというところが結構多い印象もあります。
――政府の掛け声も時間の短縮ばかりが強調されていますね。
そうですね。でも、それではあまり意味がない。かといって、「じゃどうすればいいの?」ってみんな悩むと思うんです。そこでスキルアップを図ろうという方も増えています。スキルアップを図ることで、限られた時間でのアウトプットの量が増えるとか、意思決定のスピードが上がるとか。そのスキルアップ=働き方改革のほうが本丸だと思います。
スキルアップをすることによって、早い時間で仕事が終えるようになって、資料を作る時間も、3時間かかっていたのが1時間でできるようになる。型ができればそんなに悩む必要がなくなる。1時間でできて、残りの2時間をさらにスキルアップに使う。早く帰って自分のスキルを向上させるためにスクールに通うこともできる。もしくは社外のネットワークを広げていって、自分の仕事に生かせられるようなシナジーを埋める人たちとコミュニケーションを図るとか。
そうやって循環できるようになっていくのが一番大事です。ただ単に早く帰れるから、「プレミアムフライデーでお酒を飲もう」ではなくて(笑)。いかに効率良く仕事を進めたり、ロジカルな思考ができたりするようにスキルアップを図れるかどうかが重要なポイントじゃないかと思います。

個々人のスキルアップを図ることが働き方改革の本丸

――資料作りのスキルアップという点で、アマゾンやトヨタなどの企業がパワーポイントの使用を禁止しています。これは効率性を上げるために使わないということでしょうか。
アマゾンはテキスト文化なんです。CEOのジェフ・ベソス氏は「社内で使うには効率が悪い」とパワーポイントを使わない理由を説明しています。書かれていないことはジャッジできない。内容が少なければ少ないほど「これはわからない」と言って、突き返されてしまう。ある程度書き込んでいないと伝わらない。
日本は、むしろ書いていないことを疑問に思って、質問して、答えてくれることで信頼を得るという文化。書き込みすぎると、さらにそこに書かれていない重箱の隅を突くような質問をしてきて、安心しようという文化なんです。
どちらが良いか悪いかではなく、その企業が一番意思疎通できるツールを使ってやっていけばいいのではないかと思います。プレゼンにもいろいろなツールがあって、それを使い分けている。「いまの会社はWordしか使わないから私はWordだけやっていればいい」と言って、他のスキルを覚えないのはすごくもったいない。いつ外で使う機会がくるかわからない。そのときに「私はWordでしか作れません」と言っていると、チャンスを逃すことにもなります。
スキルアップは、自分の武器をたくさん増やすことです。A3一枚にまとめる方法も知っておいたほうがいいし、Wordでも作れたほうがいい。もちろん、パワーポイントでのプレゼン資料の作り方も学んでおいたほうがいい。引き出しがいろいろ増えていくと生産性を高めることになるので、「必要ない」ではなく、貪欲に学ぶべきだと思います。

面倒くさいことをいかに楽しめるかがすごく大事

――余計なことをしない、不要なことはできるだけしない、面倒くさいことはしないというのが、「効率化」の言い訳になっている気もします。
Wordにしろパワーポイントにしろ、なんでもそうですが、資料を作るのは面倒くさいんです。でも、面倒くさいというのが実はすごく大事なんです。面倒くさくなくなった瞬間に伝わらなくなる。
いずれ情報だけを入れたらAIが勝手に資料を作ってくれる時代も来るでしょう。Wordもいまは自動筆記の精度がかなり上がってきているので、しゃべれば全部文章化してくれます。文字の変換もそんなに誤字脱字はない。そんなふうに簡単になってきています。
ただ、そうなってきたときに面倒くささは減りますが、伝わらなくなる可能性もある。なぜなら汎用的なものばかりが出てきて、どれを見ても同じようなものになってしまうからです。どこの避暑地に行っても、温泉と温泉まんじゅうと海の幸か山の幸しかないみたいな。結局オリジナリティのないものになってしまう。伝わらないもの、響かないものになるんです。
そうなると、考えたり知恵を絞ったり、オリジナリティを出したりすることが求められてくると思います。そこは面倒くさいんです。その面倒くさいことを楽しめるかどうかがすごく大事だと思います。
――そういう意味では、書道もかなり面倒くさいですね(笑)。
かなり面倒くさいです。筆を洗うのも面倒くさいですし、墨をするだけでも時間がかかります。
――4月に発表された「令和」の文字は「墨を磨(す)るのに2、3時間かかった」と報道されていました。
十分あり得ると思います。それこそ明治時代は墨汁なんかないから墨を磨るんですけど、当時は書を学ぶ際には書家に弟子入りし、弟子となれば朝からずっと墨を磨るんです。ある程度の墨量を溜めなきゃいけないので、午前中の3、4時間はずっと墨を磨っているんです。午後から先生がお見えになって、その墨を使ってサッと書く。
書くのはすぐ終わります。でも、書き終わったあとに筆を1本洗うだけでもまた2時間かけるんです。
すごく手間がかかる。すごく面倒くさい。でも、その面倒くさい所作があることで「どういうふうに書こう」とか、「どんな思いを込めよう」という時間が取れるんです。自分と向き合うことが大事だということです。
「自分が伝えたいことは何か」ということを突き詰めて考えないと、結局うわべのテクニックだけあっても何も伝わらなくなってくる。
しっかりと自分と向き合える時間を取れるのが面倒くさい時間。プレゼン資料を作るのも同じです。この面倒くささの中に自分と向き合う時間があるのだと思います。
羽田空港 Powerloung常設展示 「刻」/前田鎌利 書
時を刻みながらビジネスの山を登るみなさまの念い(おもい)を、一瞬一瞬を、目の前の仕事に刻み込むように凛とした佇まいを表現。

自分の作る資料がイケてないことをもっと自覚すべき

――『プレゼン資料のデザイン図鑑』は、BeforeとAfterの構成になっているため、資料の問題点と改善方法が具体的にわかりやすくなっています。
うちのスタッフとこれを作り込んでいたんですけど、「こういうのよくあるよね」というBeforeにしていかないと、変えようもないという結論に至りました。まずはイケてないところをしっかりリアリティのあるものにするというのがありました。
Beforeの時点で、「十分イケてるんじゃないか」と思っている人がほとんどなんです。「これがイケてない」ということを示して、「こうしたほうがより伝わるんだよ」と見せていかないといけない。自己満足して終わっちゃって、伝わっている気になっちゃうんです。
「そうじゃないんだ」と示すには、良いものだけを見せるのではなくて、BeforeとAfterをセットにして見せていかないと伝わらないと思ったので、こういう構成にしました。
ザーッと全体を見ておいてもらうと、「これは伝わらないほうに入っちゃうんだな。じゃあ、こうしたほうがいいんだな」と辞書的に見ていただけるといいなと思っています。
――資料の見せ方、ビジュアル面でかなり綿密なアドバイスがされていますが、前田さんが書道をやられていることも影響しているのでしょうか。
そうですね。アートの要素はすごく大きいかもしれません。ただ、ビジネスパーソンの方にお伝えする上で一番役に立つのは、ビジネス系のテレビ番組だったりします。表現の仕方とかはとても勉強になりますね。
『ガイアの夜明け』や『カンブリア宮殿』『プロフェッショナル 仕事の流儀』など、どういった切り口で、どうやって見せるとビジネス層の方々に刺さりやすいかという意味で、ビジュアルの使い方はわかりやすく、参考にしやすいものが多いですね。
とはいえ、文字の配置とかデザインという部分は、当然デザインの本もそうですし、美術館に行って絵を鑑賞する、書を見るというのが参考になっています。書は余白の取り方とか、白の残し方とか、どこに文字を配置するかというのはベースにしています。
――そういう見せ方の視点で読むと、さらに勉強になりますね。
ありがとうございます。与えられた余暇の時間を使ってスキルアップを図ろうと思ったら、やはり意識しないとできない。何を見たり読んだりするにしても、それがビジネスにつながるという意識が持てるかどうかで、スキルアップの仕方がかなり変わると思います。

働き方改革、組織論、マネージメント、会議、プレゼンはどれも全部切り離しては考えられない

――『プレゼン資料のデザイン図鑑』は、『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』に続き、3作目になりますが、この3作目にはどんな狙いがあったのでしょうか。
まず青の『社内プレゼンの資料作成術』があって、次に赤の『社外プレゼンの資料作成術』があります。そして今回、『プレゼン資料のデザイン図鑑』が黄色になります。青と赤では左脳的なロジックをお伝えしていますが、黄色は、右脳に直接訴えるようにビジュアル的なアプローチになっています。要はこの本を参考にマネしてもらえればそのまま使えるようにしているんです。
ただ、『プレゼン資料のデザイン図鑑』だけを読んで、そのままマネをしても、中身がスカスカになっては意味がありません。中身が大事になってくるので、ぜひロジックも抑えておいていただきたいですね。「なぜこんな配置にしなきゃいけないの?」とか、 「なぜこのフォントをこれくらいに大きくしないと、これが伝わらないのか?」というところとか、「どういう表現にしたら相手に伝わるんだろう?」ということも改めて学んでいただけるとありがたいです。
――赤・黄・青の三原色と併せて黒の本も出されましたね。
黒の『最高のリーダーは2分で決める』は、意思決定について書いた本です。その前に「会議は意思決定する場である」こと説明した『最高品質の会議術』いう本があります。その上で、これは「どのようにして意思決定をするか」という点にフォーカスしています。
――働き方改革から、組織論、マネージメント、会議、プレゼンテーションまで、どれも全部切り離しては考えられないですよね。
そうです。結局、会議を短縮して、会議の中でスキルアップを図って、自己啓発をして、部下育成もして、会議をより高い品質にするために良いプレゼン資料を作る…。
実際にマネージメント層になるに従って、何かを決めていかなければいけない。意思決定をして、スピード感を持ってPDCAを回してくというところなので。何か1つ欠けたとしても回らなくなるという気がします。

Conceptual Art & Signs -HANEDA-
羽田空港羽田空港第1ターミナルにて展示中の作品。

文・鈴木涼太
写真・佐坂和也

前田 鎌利(まえだ かまり)株式会社固
プレゼンテーションクリエイター/書家。一般社団法人 プレゼンテーション協会 代表理事、株式会社固 代表取締役。東京学芸大学卒業後、17年にわたりIT業界に従事。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、初年度第1位を獲得。2013年にソフトバンクを退社、独立。2016年、株式会社固を設立。
200社以上の企業・団体などで講演、企業研修などを行う。著書に『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『最高のリーダーは2分で決める』『最高品質の会議術』がある。

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