モチベーションの高い人のパフォーマンスは高い【スマート会議術第158回】

モチベーションの高い人のパフォーマンスは高い【スマート会議術第158回】日本航空株式会社 東原祥匡氏

コロナ禍でテレワークの推奨が進む中、多くの企業が時間と場所に捉われない柔軟な働き方の実現を模索している。

働き方改革が叫ばれる中、2017年から休暇期間中にテレワークでの業務を認めるワーケーションを導入した日本航空。最初はワーケーションに意義を見出せなかった人も少なくなかったという。しかし、体験者が増えていくに従ってポジティブな感想が多く聞かれるようになり、前向きに制度を活用しようとする声が高まっていった。

いちはやく改革を進めている日本航空では、働き方や社員の意識にどんな変化があったのか。いま日本航空はどんな段階を経て、ワーケーションの実現に至っているのか。なぜ、ワークスタイル改革は成功しているのか、その理由を人財戦略部 厚生企画・労務グループの東原祥匡氏に聞いた。

目次

ワーケーションによって帰属意識は高まる?

――御社が参加しリーダーとしてワーケーションの調査をされた「MINDS」(Millennial Innovation for the Next Diverse Society)について詳細をお教えください。
MINDSはマイクロソフトさまが主宰の、異業種連携によるミレニアル世代の働き方改革推進コミュニティです。私はその1年目の活動に参加し、ワーケーションをテーマとしたチームのリーダーを担当させていただきました。どのようなワークスタイルの変革が必要か、ミレニアル世代の皆さんで議論を重ねて分類された5つのチームのうちの1つとなります。少しその世代から私は外れていたのですが(笑)、いろいろな企業や職種の方を束ねて、企画から実行まで行いました。
当時はワーケーションを推進するにあたって「JALだからできるんでしょ」と言われることも多くありました。しかしながら、もっと多くの企業が取り組みを行うことで社会課題の解決につながるのではと日々感じていたことと、このMINDSの中での問題提起が合致していたこともありワーケーションをテーマにして、時間と場所に捉われない働き方の重要性についてプロジェクトを進めることとしました。当時は、効果についてのエビデンスがないことが導入へのハードルになっているという声が多くあったので、「ワーケーションがもたらす効果」を示すことを目標にやらせていただきました。
調査では、集団を2チームに分け、全5回の定点観測をしました。ひとつのチームは3回目の調査のときだけハワイで仕事をし、そのほかの調査時はどちらのグループも東京で働き、心理的な差をアンケートで取りました。その結果が下の図表です。
図表の縦軸が上にいけばいくほどポジティブな回答で、オレンジ色がワーケーションした(ハワイで仕事をした)人の回答を示しています。
――回数によって大きな乖離があるのはなぜですか。
左上は仕事にストレスを感じるかという質問で、上にいくとストレスを感じないという回答です。3回目のハワイで仕事をしているときはストレスが少ないということがわかります。また、その横の上司との関係性についても同じ波形をしています。離れているときに良好だと感じているというのは、上司と離れてせいせいしているということではなく(笑)、関係性が良いからこそテレワークができると本人が感じたからなのではないかという考察をしています。
今回の調査結果を見て、ハワイに行った3回目の数字が上がることは想定していましたが、特に新しい発見があったのはハワイから帰ってきてからの心理状態です。「今の会社で働き続けたいか」という項目は、帰ってきてからも下がっていないことと、「プライベートが充実しているか」という項目も高い数字をキープしています。
ワーケーションに関して、よく「生産性は上がりましたか」と質問を受けるのですが、生産性の定義は難しい。そもそも社員ひとりあたりにとっては年に数回の機会であるワーケーションやブリ―ジャーにどこまで生産性を求めるのかという疑問があります。でも長い目で見て、モチベーションの上がっている人たちの出すパフォーマンスは高いはずです。一回当たりのワーケーションやブリージャーの生産性より、はるかに着目すべきことだと思います。若手の離職などが課題にあがる企業も多くあると思いますが、この会社で働き続けたいと思う機会があり、それを自身で認識できることは非常によい機会であると感じています。これらの調査はワークエンゲージメントについての研究に力を入れられている慶應義塾大学の島津明人教授にいろいろとご教示いただきながら進めたのですが、ワーケーション終了後もその効果が続くという結果は非常に興味深いとのお言葉もいただきました。
――仮説に近い結果が出たということですか。
そうですね。もともとこのMINDSができた背景は労働力人口の問題からでした。2025年に世界の労働力人口の75%が20代から30代前半の人たちで占められると言われています。日本は50%ぐらいですが、いま世の中を見たときに75%の人がその世代で占めるのに、その人たちが考えているような働き方になっていない。若い人たちのモチベーションを大切にできるような組織にしていかないと、最大限の労働力のパフォーマンスは出せないという問題提起になるのかなと思っています。
――ワーケーションは総じてポジティブな結果になっていると思いますが、逆に見えてきた課題はありますか。
大きな企業を含めた約10社が参加していたのですが、「MINDSのプロジェクトだから参加できるけど、会社の制度はなかなか変えられない」「いいのはわかっているけど、どうすればうちの会社で導入できるかはまだまだ課題」という声もありました。このようなエビデンスも活用しながら1つ1つ意識を変えていくということと、この取り組みはコロナ前ですが、コロナ禍でだいぶ働き方の前提が変わってきましたので、より進めやすくなってきているようにも感じます。その会社ごとに人事制度を含めてどう制度設計をしていくのかが必要なステップなのかもしれません。
――参加した企業から具体的にワーケーション自体に対するネガティブな反応はありましたか。
最初は「やる意義がわからない」とおっしゃる方も中にはいました。ワーケーション自体をゴールと捉えてしまうと行き詰まってしまうと思うんですよね。「人材育成のため」「地域創生のため」など、会社や自治体にとっての課題をゴールに据え置かないと、意義を見出すのは難しいと思います。
企業として制度導入等に向けた第一歩を踏み出すために何ができるのかというのはすごく大事で、MINDSももちろん、会社にどうフィードバックしていくかというところまで、それぞれきちんと考える必要があります。あとはその第一歩を踏み出すハードルを下げることが重要でして、弊社ではワーケーションのツアーをつくって、それに申し込んでもらうような取り組みをしましたが、ほかにもさまざまなやり方があると思います。Wi-Fiとパソコンさえあれば仕事はできるので、じつはそんなにハードルは高くない。制度さえつくれば自分なりのワーケーションがつくれると思うので、もっとうまく広がるといいなと、いつも課題意識は持っています。

旅に行くとモチベーションは3週間保たれる

――ワーケーションの延長線上にサバティカルのような数年単位でインプットをする期間を設けるようなことは想定していますか。
いまはそこまでのことは考えていません。これまでも数カ月単位で海外に派遣し、会社での本業とは異なるプロジェクトに携わってもらうようなことは行っていますが、休暇をベースにということではありません。1年間がんばって働いたら1カ月休んでいいということが、もっと当たり前にできる環境をつくっていこうという話は議論にあがりますが、まだそこまで実現することはできていないですね。
先ほどご紹介した慶應義塾大学の島津明人教授の研究に、旅に行くとそのモチベーションは3週間保たれるという結果があります。でも、3週間おきに旅行に行くのは現実的ではないので、ワーケーションと融合させることによって、長くモチベーションが維持できるのではないか、ひいてはパフォーマンスも高くなるのではないかと考えています。
もちろんまとまった長期休暇が取れることも大事ですが、日本企業は属人的な仕事が結構多かったりするので、1~2カ月も休んで上手く機能する組織はなかなかないように思います。休みをきちんと取っていきながら上手く融合させていく意味では、ワーケーションはいい試みだと考えます。

サバティカル*
使途に制限がない職務を離れた長期休暇のこと。

地域と地域を結ぶということの重要性

――ワーケーションを進めるにあたって、地域コミュニティとのネットワークを御社としてはどう考えていますか。
弊社は大前提として公共交通機関という立場があるので、やはり地域の方から選ばれるようなエアラインである必要性があると思っています。でも、ワーケーションを通して出会った方々と話をしていると、本当にそういう思いで働けているかなとハッとすることがあります。地域と地域を結ぶことの重要性と、自分たちの置かれている立場は、ワーケーションを体験することで強く実感します。弊社の社員はそれをより感じなきゃいけないですし、ワーケーションは感じられるような機会なのだと考えます。
下記の図表は山梨大学の田中敦先生の資料を拝借しているのですが、弊社の制度は欧米から入ってきたワーケーションやブリ―ジャーと一致していると思います。また他方、いまの日本の社会全体で言うワーケーションは他にもあり、現地でフルタイムで働くとか、現地で研修を行うとか、チームビルディングのような体験型として定義することもあるようです。
弊社の場合は、社員個人をターゲットにしているので、Ⅰ(休暇活用型)とⅢ(ブリージャー型)となります。自分で休暇を取るか出張につけるかで、Ⅰ(休暇活用型)かⅢ(ブリージャー型)にしています。
Ⅱ(日常埋込型)の場合は、たとえば和歌山県などが早い段階からスタートしており、行った先が観光地で、そこでフルタイムで働くというスタイルです。企業誘致なども目的にしてワーケーションと呼ぶケースが結構あります。リゾートのサテライトオフィスのようなイメージですね。企業がある部署だけを移したケースもあります。そこに住むことになりますので、平日は仕事をして夜と土日は観光地でオフを過ごすというパターンです。
Ⅳ(オフサイトミーティング)は軽井沢などでよくありますが、遠隔地でやるチームビルディングのプログラムなどがこれにあたります。出張費用をかけて合宿することになるケースが多いかと思いますが、企業の育成戦略として設定することもあるようです。
制度を導入するとなると、すぐにコスト面に目がいきがちですが、弊社の場合は、社員の個人型としているので、制度の導入前後で会社側の費用に変化はほぼありません。社員一人ひとりの選択肢の幅が広がり、また自身の生活や旅にあわせて活用しているので、経験者は年々急激に増えています。
一方、あえて「お金をかけてでもやるべきだ」という考え方もあると思います。人の動きが多くなれば関係人口の増加にも繋がり、受け入れ側の想いとも合致するように思います。特にⅡ(日常埋込型)とⅣ(オフサイトミーティング)は地域側のニーズは非常に高いように感じています。弊社でいうとⅡ(ブリージャー)が今後、Ⅳなどに展開していくといった道筋はあると考えています。
――Ⅱ(日常埋込型)とⅣ(オフサイトミーティング)をやる場合、どういうところが重要になってくると考えますか。
実施を検討する立場からみますと47都道府県のいろいろな場所でワーケーションという言葉がいま聞こえてきますが、行先を選定するうえで「なぜ、そこなのか?」という理由づけが非常に重要だと思います。先日、「農泊」という切り口でワーケーションを議論する場があり、社会課題の解決にもつながる内容でしたので、非常に勉強になりました。たとえばその「農泊」を例にとると「どこでも農泊できるけど、あえて○○県に行く理由は何ですか?」と問われたときに実はあまり説明いただけないケースが多い、といいう話にもなりました。「いや、うちにはそれがあるからです」で終わってしまう。企業や個人から見て、なぜそこなのかということが明確にメッセージとしてあるとわかりやすいと思います。
たとえば教育プログラムの中に、そこでしかできないものがあるかもしれません。弊社もやっていますが、地方で社会貢献をやったり、他で聞いた話ですと、その土地の食材を使った親子の体験をしつつ、子どもを預かってもらえる場所でリモート教育と何かを組み合わせて一緒にやってみたりというのもありました。その土地ならではのことをトライしてみる価値はあると思います。
ただ「ワーケーションができるからここに来てください」や「地域との交流もできるから来てください」と言うだけでは差別化されないですし、単発で終わってしまいがちになる。本来、地域が求めているのは長期的に人の動きが出てくることだと思うので、そこを見据えずにやると、結局何も生み出せません。
いまコロナ禍でインバウンド需要がないため日本人にシフトした取り組みも多くみられますが、せっかく投資するなら、後々に状況が変わっても受け入れられるような体制にしていかないといけない。日帰りだったら会議室を使わないけれど、2泊3泊になるとやはりどこかのサテライトオフィスを貸して欲しいという話も出てくると思うんですよね。
そうして延泊に対応できるようなシステムをつくっていくと、海外の方も延泊したいと思う環境になっていくので、そこで後々につながるような投資をしていく。延泊するとなると、たとえば宿泊施設も食事のメニューを変えていく必要が出てくる。やはり長期的に見た受け入れ体制まで考えていかないと、なかなか継続して人が行き来するスキームはできない。土地によっても違うと思いますが、そういったことまで考えられて、ワーケーションに結びつく取り組みが増えるとよいのではないかと考えます。
――地方でもきれいな自然というだけではない施策で、滋賀県や福岡県のように人口が増えているようなところもあります。そこにヒントがあるような気もします。
たしかに、私も地方にはきれいな自然、おいしい料理はいっぱいあるだろうなと期待して行っていますが、だからといっていきなり移住したいとはならないですよね(笑)。住むとしたらどこがいいかとなると、また違った見方になりますよね。
たとえば、東京近隣の県への移住はこのコロナ禍で結構進んでいて、転入率は2倍近い市町村もあるようです。まだときどき東京に通わなきゃいけないけれど、もうちょっと広いところに住みたいとか、子育てにより適した環境に住みたいなどのニーズは、今後もっと全国に広がっていくと思います。
そういったニーズをどう地域に持ってくるかが大事だと思っており、生活基盤としての住み心地という点は、移住という観点では大きなポイントだと思います。
まず1回来てもらう施策を何かつくって、その後につながることを意識させられるような魅力づくりが求められると思います。そういう意味では昨年の会議HACK!サミットで紹介されていた五島市主催のワーケーション・チャレンジも成功例ですね。施設をつくったり、教育関連の取り組みを行ったり、家族で来てもらうプログラムをつくって、魅力を感じる人が多かったのではないかと思います。

文・鈴木涼太
写真・大井成義

東原 祥匡(ひがしはら よしまさ)日本航空株式会社
日本航空株式会社 人財戦略部厚生企画・労務グループ アシスタントマネジャー。2007年日本航空株式会社入社。2010年より客室乗務員の人事、採用、広報を担当し、2年間の出向を経て、2017年12月より現職に至る。日本航空株式会社は2014年に「従業員のワークスタイル変革」を掲げ、テレワークを含む働き方改革を実施。生産性の向上や時間外・休日労働時間の減少などさまざまな成果を残している。

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