地方を活性化させる、「学び」がテーマの釜石ワーケーション――その成功の秘訣は?【スマート会議術第181回】

地方を活性化させる、「学び」がテーマの釜石ワーケーション――その成功の秘訣は?【スマート会議術第181回】株式会社かまいしDMC 代表取締役 河東英宜氏
2011年の東日本大震災で多数の市民が亡くなる大きな被害を受けた釜石市。いま同市は復興を目指す過程の中で、新たに観光産業の振興を掲げてきた。

その象徴が「釜石ワーケーション」だ。そして、それを先導して進めるのが岩手県釜石市の地域DMO*である株式会社かまいしDMC代表の河東英宜氏だ。河東氏は釜石市の「世界の持続可能な観光地100選」日本初選出のサポートを行うなど、その取り組みが評価され、2021年には観光庁長官表彰を受賞。

釜石市には観光名所や温泉といった観光資源があるわけではないものの、昨年も1,000名を超える企業人がワーケーションで訪れるなど、数少ないワーケーション誘客の成功事例としても注目を集めている。いま、なぜ釜石市が地方創生のカギを握る地方都市として注目されているのか?そこにはマイナスをプラスに転換する逆転の発想があった。

河東氏に、「釜石ワーケーション」が生まれた経緯と、観光資源がないからこそ「持続可能な観光地」となった秘訣についてお話を伺った。

DMO(Destination Management Organization)*
観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人のこと。DMC(Destination Management Company)はDMOを実現するための企業のことを指す。


目次

編集者からキャリアコンサルタントへ

——河東さんはもともと出版社の編集者、人材派遣会社を経て現在に至っていますが、ご自身の経歴といま活動されているDMOとはどのようにつながっていったのですか。
私が勤めていた出版社「地球の歩き方」では本の編集だけではなく、航空会社や政府観光局とのコラボレーションを手掛けたり、また赤字の子会社を黒字にしたりするなど、そういう中で経営を学んでいきました。その後、人材派遣会社のパソナに行ったときにキャリアコンサルタントの資格を取ったり、HRやマネジメントについても経験してきたというのがベースにあります。

「地球の歩き方」では、海外留学してきた人も多くみんな我が強いんですよ(笑)。TOEIC満点も当たり前という、とにかくプライドが高く自己主張が強い人たちをどうマネジメントしていったらいいのかなと考えてキャリアコンサルタントの勉強をしたんです。それがいま研修を企画される人事の人たちとの打ち合わせをしていくときに、とても役に立っている気はします。また、パソナは代表が地方創生にすごく力を入れていて、地方創生を手伝う人を募集していたんですよね。そこに応募して6か月間のプロジェクトに参画して、パソナにいながら起業準備をしていきました。そんな経験から、釜石でご縁をいただきDMOの立ち上げに参画していきました。

弱みを強みに変えていく施策をやらなければならない

――かまいしDMCができるまでの経緯をお教えいただけますか。
かまいしDMCは2018年に設立していますが、2016年に観光振興ビジョンができて、その中でDMOをつくるということで2017年から設立準備が始まりました。そもそもは2019年に開催されたラグビーワールドカップにあたって、釜石市でも外国の方をお迎えする団体が必要だろうということでつくられた会社です。
――かまいしDMCには「旅行マーケティング事業部」「地域商社事業部」「地域創生事業部」の3つの事業部があります。この3つを柱にしている狙いをお教えください。
本来、観光(旅行マーケティング)のことを中心にやればいいのですが、釜石市は観光だけでは成り立たないんですね。観光での誘客だけでなく、地域のモノを地域外に売り込む「地域商社」も必要だと考えました。商社機能に加えて、すでにある地域の施設を効率よく管理・運営していくことも必要と考え指定管理を担う「地域創生事業」を加えた、3本立てでいこうという計画にしていました。
――これらの事業と釜石市の今後の展開で一番大きな狙いは、人口を増やしたり人を集めたりして、街を活性化させていくことでしょうか。
そうですね。現在、釜石市の人口は3万人ですが2040年には2万人になると想定されています。人口の減少は受け入れていくしかありませんが、市の活性化は担保していきたいという思いがあります。そのために釜石市の外の人とより深く結びついていったり、地域の人たちをより活発に活動に参加させたりすることが目的です。釜石市が掲げている「釜石市人口ビジョン・オープンシティ戦略」に則って、観光客だけではなく、より市の課題を一緒に考えてもらえる方に来てもらうためにはどうすればよいか、それを実践していくことも当社のミッションです。
――以前、河東さんは対談で「単純に観光資源に頼ったワーケーションでは厳しい」というお話をされていました。
釜石市には誰もが知るような観光資源があるわけではないので、観光客にはなかなか来てもらえないという現状がそもそもあります。リゾートホテルも温泉旅館もありません。

一方で釜石市には新日鉄(現日本製鉄)の企業城下町だった名残で、実はシングルユースのホテルが結構あります。そういう資産を整理していくと、やはり個人の観光客よりも企業研修などでお客様を呼び込んだほうが、シングルユースのホテルも活用できるのではないかと考えました。
――ビジネス層をターゲットにすることで、いまあるインフラと親和性が高かったのですね。
そうですね。そういったところも考慮した上で、我々の進むべき道として個人客ではなく企業や団体に向けたワーケーションに辿り着いたんですね。
――マイナスをプラスに転換する発想で生まれてきているのですね。
SWOT分析をしていくと、弱みを強みに変えていく施策をやらなければいけないので、まさにその通りなんです。観光地として考えた場合、弱みとして「リゾートホテルがない」と出てくるのですが、逆にシングルユースがあるという強みを生かしていけばいいという発想の転換です。
――シングルでビジネスしかないから、リゾートホテルをつくろうということではないのですね。
ないものをつくっても、やっぱり競争優位性は担保できないので。企業さんが企業研修で来られるとやっぱり「シングルがいい」ってなるんですよ。特にコロナ禍だったというのもあってちょうどマッチしていったという側面はありますね。
株式会社かまいしDMC 代表取締役 河東英宜氏

“レジリエンス”という言葉が時代に合ってきた

――2018年には経済産業省から「未来の教室」実証事業が開始されましたが、釜石ワーケーションは、それを受けての動きはあるのですか。
「未来の教室」自体とは直接ではありませんが、たとえば金融庁さん経由で、大企業に勤める50歳以上の定年間近の人が地方でどのように活躍できるかという講演をさせてもらったり、地方でのSDGsがどのように展開されているのか知りたいといった要望に応えたりすることはあります。

“レジリエンス(困難をしなやかに乗り越え回復する力)”という言葉は、我々はラグビーや復興の中でよく言っていたのですが、いまや市民権を得ましたね。私自身、ラグビーで「倒れては動き出す」という文脈で使うレジリエンスという言葉がすごく好きで、昔からよく使っていたのですが、そういう部分もわりと世の中と合ってきたなと感じています。

釜石ワーケーションでは当地ならではの文化や価値観に触れていただける体験プログラムを提供していますが、震災後に復興していく過程というのが企業さんにとってすごく学びが多いようです。なぜ釜石市の復興は早く進んだのか、なぜ釜石市の学校管理下にあった児童生徒は100%近くが生き延びることができたのかなどについて、プログラム化してお伝えしているのですが、企業さんには、ただ見聞きするだけではなくて、現地でしか体験・経験できない、そして現場に持って帰ることのできる「越境学習」という側面を評価していただいているのかもしれません。
――実際、越境学習は従来の「ちょっと新鮮なところへ行ってリフレッシュしながら、違う体験をしてモチベーションを上げる」といったワーケーションの概念とは根本的に違う気がします。
越境学習はいわゆるワーケーションとはターゲット自体が違うと思っています。既存のワーケーションは企業単位でやっているところはほぼありません。フリーランスの方が温泉地とかリゾート地に行って、パソコンひとつで気持ちよくテレワークするものかなと思っています。

そういうワーケーションを求める方たちは釜石には来ないだろうという想定なんです。東京から5時間もかけて釜石に来て、ワーケーションをやりたいという人はいないでしょう(笑)。だから、遠くでも来てくれる強いコンテンツをつくり、企業さんに向けてやっていくわけです。

企業研修は100社100様。成功の秘訣は、強力なプログラムとそれを最大限に活かすコーディネーション

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――企業に人気のプログラムには、震災からどうやって苦難を乗り越えたかという復興話やサステナブルツーリズムなどがあるとのことですが、企業によって人気のプログラムに傾向はありますか。
各社それぞれオリジナルでつくって欲しいと言われることが多いです。もちろん既存のプログラムはありますが、そのままということはほとんどないですね。5日間でさまざまな防災リスクに対しての研修をつくってほしいという防災関係の会社さんとか、地域コミュニケーションについて学びたいという大手損保会社さんとか、ターゲットによってさまざまです。
――この3年間、コロナ禍であるにもかかわらず、釜石ワーケーションはなぜ成功しているのでしょうか。
強力なプログラムを用意できたからだと思います。場所や施設だけでは釜石市に来る動機にはならないので、やってみたいというプログラムがあるからだと自負しています。

たとえば、ある団体が主催されたオープン参加型の研修に来られた企業さんが、改めて個別に自社だけでやりたいと言ってくれたり、オンライン参加された企業さんが、今度はリアルに現場に行きたいと言ってくれたりするケースもあります。ポイントはそれぞれ違うのかもしれませんが、我々のお伝えする内容や研修から、何か今の企業にとって必要だと感じていただいて、それを自社に持って帰りたいというのが多分あるのだと思います。

広告もほとんど出してしていませんが、1回受けられた企業さんが、自社が出資している会社に「行ったほうがいいよ」と勧めてくれたり、大企業なら別の部署に紹介してもらったりと実際に口コミで広がっていることが評価の裏返しだと思います。
――釜石ワーケーションは募集型ではなく、カスタマイズを中心にした受注型というのが成功の大きな秘訣という気がします。
企業研修は100社100様と言われるほど、その目的や課題はさまざまですので、基本プログラムはありつつも、ターゲットや目的に合わせてアレンジすることが重要です。かまいしDMCでは私を含め、3名のコーディネーターが企業研修のヒアリングからアレンジ、また当日のファシリテーションを行っています。
――実際のプログラムには、震災のご経験者の方や地元産業の方など語り部を招くという感じでしょうか。
そうですね。そこに漁業や林業に携わっている地元の方に参加いただいたりしますが、彼らはいわゆる「話すプロ」ではないので、我々がファシリテートする形で話していただく感じですね。実際は私ともう一人が表に出て講師をするのですが、いつも我々2人だけが話していてもつまらないので(笑)。
――これまでで一番ご苦労されたことや課題だったことがあればお教えください。
やはり大企業さんに販売していくプログラムを仕上げるのは結構大変ですね。最初につくったときには時間がかかりました。最初のプログラムは試行錯誤で、始めてから1年はかかりました。一つ目ができて企業さんが喜んでくれて評価をしていただくと、そこからはわりと「こう作ればいい」というノウハウができてきた感じです。

もちろんその前に用意していたプログラムはいくつもありましたが、受講される方のレベルが変わるとプログラムのレベルも変えていかなければなりません。大学生や若い人に向いているプログラムでも、企業の年配の経営者の方にはまた違うプログラムにしなければならないということです。

「あぁ、なるほど」と感心する程度ではダメなんです。研修を受ける方の想定を超えて驚かせるくらいのものに仕上げないといけない。その「驚きポイント」をいくつ、どうやって出せるかというのが勝負どころだと思っています。
――プログラムを通じて、どう揺らぎを与えられるかが重要ですね?
そうです。まさに揺らぎです。そのとおりなんですよね。「これでいい」とか「悪い」とか、誰かに言われるわけでも基準があるわけでもないのですが、参加者お一人お一人が自分の中で何か気づきにつながるような、心にいかに揺らぎを与えられるかがもっとも重要だと思っています。釜石ワーケーションを通じて、多くの方にそんな機会が少しでも提供できればと日々プログラムを提供しております。

文・鈴木涼太

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河東 英宜(かとう ひでたか)株式会社かまいしDMC
株式会社かまいしDMC 代表取締役。観光地域づくり法人として、地域の持つ観光資源および地域産品の魅力を最大限引き出し、地域経済を活性化することをミッションに運営。釜石市が観光振興ビジョンとして掲げる「オープン・フィールド・ミュージアム釜石」の構想を実現するため、より魅力的な観光地域づくりの手段として、世界持続可能観光協議会 (GSTC) 基準を取り入れる。
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