覚えられる自己紹介【第5回】

覚えられる自己紹介【第5回】前田鎌利 (書家/プレゼンテーションクリエイター)

「個」を打ち出すことが大切になることをこの連載でお伝えしていますが、「個」をしっかりと伝えることが必要不可欠となる別の観点は、セカンドライフです。

これは社会人としてスタートしたばかりの人にはピンとこないかも知れませんが、40歳を過ぎた方からミドル、ベテラン層の方にとっては納得しやすいかと思います。最近では65歳で定年という企業が増えてきましたが、65歳といってもまだまだ若い年代です。さらに10年20年と生きていく中で、会社という肩書きがなくなったとき、一個人としてあなたは歩んでいくことを求められます。

そもそもあなたの強みは何でしょうか? あなたのアイデンティティは何なのでしょうか?

もちろん、貯蓄と年金で旅行に行きながら優雅なセカンドライフもあるでしょうが、人間は元来、「暇を持て余す」という言葉があるように、時間にゆとりができるとその過ごし方に不安を感じる生き物です。社会貢献しようにもあなた自身が何をしたいのか、自分と向き合うことが求められます。

そこで、「個」をどう伝えるかというスキルが役に立ってくるのです。

これまで会社に勤めていた頃の自己紹介では、「〇〇会社の△△です」というように企業名が付けられたのですが、所属がなくなってしまうとつけられません。「元 〇〇会社の」…これも過去の経歴にしがみついているように受け取られます。

もちろん自分で会社を経営したり事業を興したりしていれば、伝えやすさは変わってきますが、その場合であっても「個」をきちんと伝える。「個」をアピールすることが基本です。

「あなたは何者ですか」。この質問に対して端的に伝えられる事柄をしっかり考えておく。この準備が必要です。

前回にもお伝えしましたが、「自己紹介は生涯で一番行われるプレゼンテーション」です。そのため、プレゼンの基本中の基本とも言えるわけですが、しっかりと相手の印象に残る自己紹介ができる人は、意外に少ないと思います。

私が行う研修では、冒頭で5人のグループになって順番に「一人1分間で自己紹介をして下さい」という演習を行うのですが、ほとんどの方が以下のようなことを大体5つ以上お話しされます。

・名前
・名前にまつわるお話
・出身地
・出身地の名所、名産、名物など
・会社名(部署名)
・勤続年数
・前職の経験
・転勤経歴
・転職してきた経緯、過去の話
・現在の具体的な業務内容
・家族構成
・趣味
・ここ最近のトピックス
・その他

もちろんこの項目のすべてではありませんが、グループメンバーの話した内容すべてを記憶するのはかなり集中していないと困難です。

企業研修ではこの後、以下のワークを行います。
❶グループメンバーおよび、自分が自己紹介で何を伝えたか、思い出せる限り単語で書き出す(3分間)
❷グループメンバーが個々に伝えた事柄で一番印象に残った単語と、自分が話した内容で一番伝えたかった単語に丸をつける(各自一つのみ)
❸自分が一番伝えたかった単語について他のメンバー全員が丸をつけたか確認

❸の答え合わせをすると、他のメンバー全員が自分が丸をつけた項目と合致する人は平均して全体の1割。つまり、1割の人にしか伝わっていないのです。

原因はいろいろありますが、

・相手の自己紹介にそもそも興味がない
・散々自己紹介をしてきて、話すことも聞くことも飽きてしまっている
・順番に自己紹介をすると最初の発表者をトレースするので同じような事柄の内容になるため覚えられない
・自分に回ってくる直前まで何を言おうか考えていて人の話を聞いていない
・順番が終わったらホッとして聞いていない
・たくさんのことを伝えられても、結局何が言いたかったのかがわからない

といったところです。つまり、これまでほとんどの方が日常で行なってきた自己紹介は、伝わらない自己紹介なのです

マジックナンバースリーの法則

では、どうすれば自己紹介を相手に印象付けることができるのでしょうか? 効果的な自己紹介の手法に、「マジックナンバースリーの法則」があります。伝えたいことを「3つに絞る」のがポイントです。3つまでなら限られた時間で相手の記憶にしっかりと印象付けることが可能です。

たとえば私の場合は次の3つです。

・「書家」というアーティストの一面
・「プレゼンテーションクリエイター」として執筆や企業研修・講演などの活動
・家では「夫で2児の父」

まず、この3つを伝えます。ここで大事なのは文章で説明するのではなく、キーワードを単語で提示することです。

さらに、「今日皆さんにお伝えしたいのは」と言ってから、ひとつに焦点を当てて「書家についてです」と言って1分ほど書家についてお伝えします。

「残りの2つについてはこの後個別で」とお伝えすれば、あとで会話のネタにもなります。1分ですべてを詰め込んでしまったら伝えたいことが印象深く伝わりません。また、3つまでであれば覚えられますが、 4つ、5つ、6つとたくさんの事柄を話しても、相手の記憶にまったく残らなくなります。

そもそも自己紹介は有無を言わさずに相手に対して一方的に自分を紹介する行為です。先ほどの「マジックナンバースリーの法則」を利用すると端的に伝えられます。従って、まずは3つに絞り込んでみてください。 言いたいことを絞らないと、相手の記憶には残りません。

さらに、確実に記憶させるとっておきの伝え方は、最初から 「ひとつに絞る」伝え方です。

「今日、お伝えしたいのは、たったひとつ。それは〇〇です」

と言って、何かひとつだけテーマを決めて話すと、聞いている方々にきっちり覚えてもらえます。そして、ひとつにしても、3つにしても、最初に「数」を示すのがポイントです。自己紹介は限られた時間で伝えるものがほとんどですので、少なくとも自分が伝えたいことがいくつあるのかを伝えてください。

さらに別の観点からもみてみましょう。自己紹介はライフイベントに合わせてその時々で3つというのは変えやすいものです。結婚・引越し・転勤・転職・出産・ペットを飼った・子どものイベント・家族旅行などが挙げられます。これらのライフイベントは日常の小さな変化から大きな変化まで自分ごとですから自分が理解していて当然です。

ただし、自己紹介と大きく異なるのが会社紹介です。営業の方でなくても会社から一歩外に出れば、あなたは会社の代表社員として見られるわけです。あなたは、所属している会社を、端的に3つに絞って伝えることができるでしょうか? それ以前にあなたは自分の所属している会社の情報を絶えず自己紹介のようにブラッシュアップできているでしょうか?

会社の情報は、自分の情報とは違って、放っておいても自動的にアップデートされません。会社の動きを自分ごとのように捉え、絶えず最新の情報にアップデートさせておきましょう。

さらに一歩進めて、上層部の会議に出席できるように努めると、より早く会社の方向性をキャッチアップできます。そのことであなた自身が社外の方からの信頼と信用を獲得するためのベースが構築できるのです。

※当コラムは著書『ミニマム・プレゼンテーション』を基に補筆したものです。

前田鎌利(まえだ かまり)
書家/プレゼンテーションクリエイター、株式会社固(https://katamari.co.jp/)代表取締役。一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事。東京学芸大学卒業後、17年にわたりIT業界に従事。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、初年度第1位を獲得。2013年にソフトバンクを退社、独立。2016年、株式会社固を設立。ソフトバンク、ヤフー、ベネッセ、 SONY、JR、松竹、Jリーグ、JTなど年間200社を超える企業にて講演・研修を行う。著書に『ミニマム・プレゼンテーション』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』ほか多数。

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