教えるのではなく、物語りで伝えよ【第9回】

教えるのではなく、物語りで伝えよ【第9回】株式会社ネクストスタンダード 齊藤正明

 

目次

どう見ても海賊

漁師は海に出るとヒゲを剃りません。体格のよい漁師たちがひげをたくわえると、ますます屈強に見えます。その姿はまるで、私たちの想像する“海賊”そのもののイメージでした。

漁師たちのヒゲが充分に伸びたころは、私はすでに、強靱な肉体と明晰な頭脳を持つ漁師たちに憧れており、かなりカッコよく映っていました。ですから私も漁師のマネをして、ひげを剃らずに生活をし、内心、「これで僕も海賊の仲間だな」とひとり悦に浸っていました。

しかしある日のこと、私は船酔いのため、ヨロヨロと甲板を歩いていると、それを見ていた漁師から、「齊藤、浪人生みたいじゃのう」と言われ非常にショックを受けたのですが、自分というものは、案外自分を知らないものだと改めて実感をしたのです。

漁師がヒゲを剃らない理由というのは特になく、あくまで習慣だそうです。帰港する3日前くらいになると、全員ヒゲを剃ってしまいます。よってヒゲ面の漁師を見ることができるのは、マグロ船のなかだけです。

不思議なサメ

さて以前から気になっていたのですが、この日の漁でも揚がってくるマグロのいくつかは、胴体に丸くえぐられた、ごく最近できたような痛々しい傷がついています。まるで、誰かが大きなスプーンですくったかのような傷跡でした。

私には、どうしてこんな傷が付くのか、皆目見当がつかなかったので、漁師に、「この丸い傷跡はなんですか?」と聞いてみました。すると、「サメが喰いよる」と、予想しなかった答えがかえってきました。サメは、「どう猛に獲物を食いちぎる」というイメージがあると思いますが、ダルマザメ*という種類のサメは、口が円形になっているため、食べた跡が丸くえぐったような形になるそうです。このサメは大きさが30~50cmと小型で、葉巻のような形をしています。

水産学部出身の私でも、まだまだ知らないおもしろい魚がいるんだなと思うと、ついつい気分が盛り上がってしまいました。いつもは船の左舷側でおとなしく座っていたのですが、いつもと違う角度で、マグロや他に揚がる魚の写真を撮りたくなり、魚が揚がる右舷に移動して、写真を撮っていました。

叱るときには、“叱る理由”も伝える

すると漁師から、「齊藤、邪魔じゃ! どけ!」と叱られたので、後ろに下がりました。私は、漁師にはそれほど接近しないで撮っていたつもりだったので、「そんなに怒らなくても」と内心ムッとした気分でいました。しばらくして、私を叱った漁師が小休憩に入り、近づいてきました。

「齊藤、お前が立っちょった足下には、揚げた縄があったのに気づいちょったか?縄があるところは危ないんど。針にかかって海でもがくマグロが、時々縄を思いっきり引っ張ることがある。そうするとの、縄が足やらにからまって海に引きずり込まれるんど。××丸に乗っちょる○○を知っちょるじゃろ? アイツは前に、暴れたマグロのせいで縄についた針が体に刺さったうえ、海に引きずり込まれたことがあるんど。そのときは、マグロが運よく深く潜らなかったから、みんなで縄を引っ張り揚げて助かったんじゃが、かなり危なかったんど。だから、縄のそばには近寄るな」

私に、「どけ!」と叱ったのには、過去に同じ場所に立っていた漁師が危ない目に遭っていたという過去の経験があったのです。私は航海中、何度か漁師に怒られましたが、そのほとんどに、「なぜ、それをしてはいけないか?」という、今回のような“理由”や“実例”を教えてくれたのです。

私が新人のとき、勤務先において叱られるときには「何でそんなことやってんだ! こっちを先にやれ!」というような言い方で、「なぜ、こっちを先にやらなければならないのか?」という“理由”や、それをやらないことで、過去にどんな悪いことが起きたのかという“実例”を教えてくれませんでした。

“理由”と“実例”のふたつがない状態で怒られると、当時の私としては、「指示通りにやったほうが、効率悪いと思うんだけどなぁ、なんでそう指示するのだろう?でも、たずねると、『いいからヤレ!』って、よけいに怒られるし……」と納得がいかないままで仕事をするので、仕事の完成度もあまり高くなかったことをおぼえています。

私がプロジェクトを指揮していたときはこうした経験も踏まえ、メンバーに注意を促すときは、自分自身の失敗例とあわせて伝えるようにしていました。それはたとえば、

「2年前にも似たような状況があって、僕がこうやったらお客様をとっても怒らせてしまったことがあって……。このまま行くと、その二の舞になるから、こういうやり方でやったほうがいいよ」

という言い方をしていました。

このように、自分自身の失敗談とあわせて伝えると、メンバーには説教に聞こえなく、また、「そっか、じゃあ気を付けよう」と素直に感じてくれるようでした。

上司は部下を叱るためにいるわけではありません。少しでもうまく、仕事が進むようにしてあげるのが役目です。それであれば上司と部下が、お互いに不愉快になるようなことは極力さけ、部下が気持ちよく仕事ができる環境をつくってあげるほうが得策だと思うのです。

ダルマザメ*
ダルマザメは、発光器を持ったサメで、昼間は水深2,000~3,000mの深海に生息していますが、夜になると、浅いところまで浮上してエサを探します。

【今週の教訓】

叱るときは、「なぜダメなのか?」その理由も伝えましょう

※本記事は『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』から抜粋・再編集したものです。

齊藤 正明(さいとう まさあき)株式会社ネクストスタンダード
2000年、北里大学水産学部卒業。バイオ系企業の研究部門に配属され、マグロ船に乗ったのを機に漁師たちの姿に感銘を受ける。2007年に退職し、人材育成の研修を行うネクストスタンダードを設立。2010年、著書 『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』が、「ビジネス書大賞 2010」で7位を受賞。2011年TSUTAYAが主催する『第2回講師オーディション』でグランプリを受賞。年200回以上の講演をこなす。主な著書に『マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーシップの極意』(ダイヤモンド社)、『仕事は流されればうまくいく』(主婦の友社)、 『マグロ船で学んだ「ダメ」な自分の活かし方』(学研パブリッシング)、『自己啓発は私を啓発しない』(マイナビ新書)、『そうか!「会議」 はこうすればよかったんだ』(マイナビ新書)、『海の男のストレスマネジメント』(角川フォレスタ)など多数。

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