念いがなければ響かない【第9回】

念いがなければ響かない【第9回】前田鎌利 (書家/プレゼンテーションクリエイター)

私は過去、ビジネスにおいてさまざまな事業提案をしてきましたが、自分でも上手くいくと確信できたものと、できなかったものの差が明確にありました。
それは、ひとことで言うと、「念い」が込められているかどうかでした。
日々の「内観」の積み重ねの中から自分が届けたい念いが徐々に形になっていきます。

繰り返しますが、自分が伝えたいこと=「念い」がないと、どんなにテクニックが注ぎ込まれていても何も伝わらないのです。プレゼンテーションでは自分のストーリーだけを伝えても伝わりません。それだけでは相手の心が動きづらいのです。自己紹介が (マイストーリー)だとするとプレゼンテーションは (アワストーリー)です。つまり、「私たちは」という主語にしないと、聞く人は「自分ごと」にしづらいのです。

多くの人に届ける際には「私たちが目指す未来は…」「私たちが直面している課題は…」というように、いかに主語を「私たち」にして「自分ごと」にしてもらえるかを意識した表現を使います。

初対面で自己紹介やプレゼンをする場合、相手との共通項を増やすことがすごく大事になります。たとえば、同郷であったりすると話が盛り上がります。同じ学校の先輩後輩も同様です。共通項ができるので、「一緒ですね~」という親近感が作りやすいのです。

私が最初に勤務した会社では「飛び込み営業」をよくやりましたが、そのときも、玄関を開けて何かパッと目に入ったものについて話を深掘りしていって、自分と相手の接点を見いだして「一緒ですね~」という文脈を見つけるのが、最初のアプローチとして有効でした。人間の心理状態において、「この人は安心だ」「安全だ」「信頼できる」と思われないとなかなか歩み寄りづらく、その後の商談にも発展しません。

つまり、ビジネスシーンでは、「私とあなた」というのは対峙する関係ではなくて、同じ目的を持った仲間であり、お互いの信頼関係と安心感をいかに醸成するかにポイントがあるのです。

信頼を得る上で、相手との距離をいかに縮めていくかが大切になるわけですが、相手の興味関心と自分の伝えたいことの「接点」を捉えると有効です。

たとえば、営業で訪問した際、その会社で起きている課題を伺います。営業に行くということは、その課題を解決するソリューションを持っていくことですから、「こういうことに困っているから、これを何とかしたい」というときに営業担当者が説明し、ソリューションを用いて課題解決に至ります。

その課題が顕在化していなければ、それを顕在化させるところからアプローチを行います。

たとえば、

「何かお困りのことはありませんか?」
「別に困ってないけど…」
「そうですか。実は、現在社員の方々が、セカンドステージについて悩まれている傾向が顕著に増えてきています。どの企業様でも、次のステージを意識していただくことを考えておりますが、御社は何か取り組みをされていますか?」
「うーん。特にしていないな。確かにちょっと気になっていたんだよね」
「そうでしたか。実は当社でセカンドステージに向けて…」

いかがでしょうか? やりとりをしていく中で課題が顕在化していくように、普段はあまり意識していないことも多々あったりするのです。そして、このやり取りの先に意思決定する瞬間が訪れます。

ビジネスシーンでも最終的な意思決定というのは、「不信」と「不安」からそれぞれ「不」を取り除き、「信頼」と「安心」を醸成して成り立つものです。「怪しいな」と思ったら、誰も信頼してくれないですし、安心もしてくれません。しかも時間は限られています。限られた時間で信頼と安心を勝ち取れるかが勝負になってきます。

ビジネスシーンでは、5分間でビジネスの提案する場合、決裁者が何を基準にして、信頼してくれて、安心してくれるかを考える必要があるのです。

       

信頼・安心してくれる材料はさまざまです。データ、ロジック、その会社が持っているネームバリュー、規模、過去の評判、他の取引先との成功事例などの要素を知ることによって安心してくれます。そして、その先にはあなた自身が、この仕事の一担当者として「どんな念いで仕事に向き合っているのか?」を本能的に見極めています。仕事をするのであれば、それは気持ちよく仕事ができる人と行いたいものです。その気持ちよさはどこに起因するかというと、あなたと仕事をする上での距離なのです。

その距離を縮めるツールこそ、これから必要なスキルなのです。これまでお伝えしてきた名刺交換や自己紹介の方法の本質は、上手に手書き文字を書くということではなく、限られた時間で「念い」を効果的に相手に伝え、良好な関係を築けるかということです。プレゼンテーションのパートでは、手書きスライドでインパクトを与えたり、他者との差別化が実現できたりする点、そして図や絵を手書きにすることで、伝わる幅が大きく広がるのも差別化の特徴であることをお伝えしました。

両者に共通するのは、「手書き」は、より深く「念い」が伝わるということです。

そして、実はこの「念い」の部分というのは、しっかり「内観」(=自分を見つめて言葉にすること)しななければ研ぎ澄ますことができません。そうは言っても、日々業務に追われる中で、「内観」する時間がなかなか取れないのが現状ではないでしょうか? 自分と向き合う時間が取れないまま、思っていることを伝えようとしても聞き手の心には響きません。私もそのようなプレゼンを多数見てきました。

「念い」が込められていないプレゼンテーションは、プレゼンテーションとしては失敗です。

「内観」する行為。そして「手書き」で表現するという行為は、とても面倒くさいものです。けれども、面倒くさければ面倒くさいほど、「念い」が深まるものなのです。それはそれぞれの所作に時間をかけるからです。

時間がかかることは相手にも手間が掛かっているな。時間を自分に対して割いてくれたんだなということが確実に伝わります。

机に向かってペンをとり、物思いに耽りながらその人について考えながら文章にしていく所作は誰もが想像できる「面倒くさい」行為です。

さあ、「面倒くさい」を楽しみましょう。

※当コラムは著書『ミニマム・プレゼンテーション』を基に補筆したものです。

前田鎌利(まえだ かまり)
書家/プレゼンテーションクリエイター、株式会社固(https://katamari.co.jp/)代表取締役。一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事。東京学芸大学卒業後、17年にわたりIT業界に従事。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、初年度第1位を獲得。2013年にソフトバンクを退社、独立。2016年、株式会社固を設立。ソフトバンク、ヤフー、ベネッセ、 SONY、JR、松竹、Jリーグ、JTなど年間200社を超える企業にて講演・研修を行う。著書に『ミニマム・プレゼンテーション』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『社内プレゼンの資料作成術』『社外プレゼンの資料作成術』ほか多数。

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